ma*nani通信Akemingのステキな日々


Today's sayingに関するma*nani通信

何を信じるか

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本日、休日につき、午後からお料理タイム。

午前中は、お参りも兼ねて不意に出かけてました。

 

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七五三のお参り家族で混んでた。。。

私は、人気のない神社が好きなので、人の多い今日は早々と神様との対話を終えました。

今日は神様は忙しい日なのです。

 

七五三といえば。

我が孫のLovely Mayちんも三歳のお祝いをしましたheart

@自由が丘。

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終始恥ずかしがっていたので(カワイイw)ツーショットは撮れず。

集合写真は勝手に載せられないので、最近のAkemingばーばの写真。

ばーばというか・・・

あたくし、あーちゃんと呼ばれてますがヾ(≧▽≦)ノ イヒヒヒー♪

 

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最近、やつれました。痩せました。

 

おっと。

話がそれましたが(コホンッ!(;-o-)o")

 

本日、参拝に出かけた際にお野菜買ってきました。

マッシュルーム、菜の花、クレソン、セージ。

そして、作ったのがトップの写真のクレソンとマッシュルームのサラダ。

 

二品目は、

冷蔵庫のズッキーニを食べたくて。。。

ジャガイモをクリームチーズ2種とマヨネーズで和えておいて、そこにグリルしたズッキーニと素揚げしたセージをトッピング。

 

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それから・・・三品目。

数日前に購入したカボチャがそろそろやばかったので(^^;;

昨日、電子レンジを少々かけて冷蔵庫に放り込んでおいたのを調理。

 

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電子レンジをかけておくと、皮をむきやすいの。

で、ピーラーで皮をさっとむいて、小さくカットしてからスチーム。

マスカルポーネ、ナッツ蜂蜜漬け、その他調味料で和えて、アーモンドとアズキの燻製をトッピング。

大量にβカロチンを摂れちゃうくらい食べれるパンプキンサラダheart

 

あとは、菜の花の豆腐ドレッシング和え。

いわゆる練胡麻を使った白和え。

私の場合、水切りした豆腐にオリーブオイルとピーナッツオイルを入れているので白和えというかドレッシング。

 

これら4品の野菜料理を20分ほどで作りました。

最近、調理がテンポよくなりました。

 

でもね~

この一ヶ月ちょっと。

落ち込むというか、( ̄□||||!!ガーン!ってことが多かったのよ(^^;;

ショック?とも言えるかな?

落ち込む、というのは語弊があるな。

ショックというか、オドロキ???かな??

ガッカリするようなオドロキ?笑、笑~~

Σ(^∇^;)えええええ~っていう。

 

私、今まで何やってたんだろ。。。Σ( ̄Д ̄;)なぬぅっ!!

まさか自分がこんなだとは・・・というオドロキw

 

料理のことです。

 

料理クラスの先生とかやってるくせにwww

ホント、今、自分の調理にショックで新鮮www

 

学んでる。

大いに。

 

で、ふと考えたんだ。

 

たとえ、料理の腕はひどくても???

感性は悪くないんじゃないか?ってね。

 

誰の感性?笑~

私のwwσ(^_^)

 

だって、自分の料理、美味しいもん(*´ェ`*)

そりゃ、レストランの料理と比べたら負けるけど(^^;;

私は満足。

(家ゴハンだからっていうのもあるけど)

 

無理することはないか~、過程はイマイチでも最終的に満足できればいいんじゃないかな、と、不意に思った。

今日、自分で作ったもの食べながらね。

 

ついでに考えた。

あ~、私は感性はまあまあでも、残念なことに雑で不器用だな~。。。

とガッカリすると同時に・・・

まてよ、でも~

たとえ器用で野菜を切るのが速くても、調理技術が優れていても・・・

たとえば、仮に調理技術が優れているからといって飲食店をオープンすることになったら、それだけで人は集まるだろうか?

ということも。

 

お店は一人で動かせるものではない。

たとえ、カウンターのみの小さなお店を回すオーナーシェフであっても、

まずお客様が来ないとお店は回らないし、オーナーを陰ながら支える人がいればいるほど、お店はスムーズに動くのだと思う。

お客様もオーナーを支える大切な役目を持っている。

ということは、料理人に関わらず、何事も成功させるためには、テクニックだけではなく、人脈が大切と思うのだ。

人脈をつけるには、その人に魅力がないと。

魅力ゼロの人を支えたいとは思わないものね(^^;;

飲食店に関して言えば、調理が優れている、という魅力は大切だけど、そこにプラス何かないと、調理が優れている人はいくらでもいる。

 

私が、腕を磨いて、素晴らしい技術を身につけたとしても・・・

そこにエッセンスがないと。

 

(-ω-;)ウーン

クラスはどうなることやら。

(まあ、私のエッセンスは何かしらあるだろう←楽観的w)

 

まあ、でも!

とにかく!

 

優れない部分があってもガッカリすることはないな~と自分を励ましたのよ。

そこを超えるものがあればいい。

 

私は不器用で調理は優れていないけれど、自分の感性を信じようって思えたの。

 

ガッカリするくらいのオドロキは、私の学習の必須項目であったのです(^^;;

今さらながら、自分のことに気づくチャンスを与えられたな~と感慨深いですよ。

優しい人たちに恵まれてきたんだな~と思うし、

運が強かったのかも~とも思えます。

優しい人たちに恵まれたからこそ、私は料理に厳しいことを言われず自信をつけられたし、

運が強いからこそ、こんな下手っぴな調理でも料理教室を始められたし、雑誌にも掲載してもらえた。

 

これらのことって、私特有のエネルギーに関係していることなのかな~と思えます。

このエネルギーがあるからこそ、優しい人や運に恵まれた。

 

さて、ここで、さらに私独自のエネルギーを上手に使って羽ばたかないといけないと思ってます。

ガッカリするようなオドロキによって知った自分の別の姿。

今のステージには優しい人もいなければ、運も関係ありません。

心、云々は関係なく、無機質に別の部分を強化しているのだと思う。

強化には、心や人間味は必要ないのでしょう。

感情と理性で人間が成り立っているのならば、今は理性の部分をシッカリと確立しているような気がします。

ここで感情が邪魔すると理性の芯はぽっきり折れてしまうから、感情はお休みモードに。

私が得意としてきた感情モード満タン状態はしばらく休止。

そうして、理性モードが満タンになったら、感情モードを徐々に動かして、バランスのとれたエネルギーを育てたいのです。

そうしてから羽ばたけば、より高く飛べる!

 

であるから、、

自分にガッカリしたとしても、落ち込みではないのです。

単なるオドロキww

このガッカリは意外なことだったので(^^;;

でも、意外なのは当たり前。

だって、隠されていたことだったからね^^

そこを知ったというだけで、すごい学びなのです。

 

何を信じるか。

 

答えは言わなくてもわかりますよね?

 

Akemingnew2.JPGのサムネイル画像

 

 

 

 

 

 

 

 

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私が奥の存在と交信し始めた時(41歳)、頭の中に不意に現れた早朝の森。

朝の光が射す森の中をさまようように、私は白い洋服を着て歩いていた。

 

トップの写真は、私の一人旅香港にて。

雨上がりの靄の森が神秘的で、前述の不意に脳裏に現れた森のシーンに似ていた。

この時は、龍の通り道を探し歩いていたのだった。

4日間の短い旅。

どこに龍の通り道があるのか、勘だけを頼りに向かったのがこの森だった。

 

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

 

「神様の道を歩く」をタイトルとして、マレーシアでの気づきを書いてます。

前編、後編、、、そして、あとがきを二回書きました。

あとがきを一回で終わらせるはずが、2回も書いてしまい、まだ終わらずw

今日は3回目のあとがき、というか、全体のまとめとなります(-_-;)

マレーシアでデング熱になったことで得た素晴らしい気づき。

その気づきの過程を文章に残しております。

 

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

 

さて!

「神様の道を歩く」をそろそろ〆なきゃね(^^;;

でないと、別の話題を書けないので。

 

綴ってきた四話。

一話でまとめるはずが、書いているうちに長くなってしまった。

理解し難いことを書くことになるかな~と懸念したのね。

それで、「わかりやすく!!」・・・と思ったら、話が飛んで長くなってしまったのさ(^^;;

というわけで、あちこち話を飛ばしましたが、最後に「なるほどね!」と理解していただくために、わざとそうしました。

最後に、点と点を繋げられたら理解はより深くなります。

すべてに意味があり書いています。

 

paperでは!!

初めて読まれる方、そして、読んでいるうちに何が何だかわからなくなった方wのために、振り返ってみましょう。

(※実は、あたくし自身もどんな風に書いたのか忘れております・・Σ(^∇^;)えええええ~)

 

pen 神様の道を歩く(前編)

気づきのための波が立ち始めました。

楽しい海外生活を送っていたところの出来事。 

デング熱発症の事実@マレーシア。

ディンギーフィーバーにかかった事実の奥には、そうなった理由と結果があった。

ということは・・・マレーシアに行くことは決まっていたということ???

 

pen 神様の道を歩く(後編)

私が住まっていたマレーシアの部屋から見える森に向かって対話をしていたら・・・

デング熱になるタイミングは、計算されていたこと、と思えた。

気づきを得るために起こったこと、そして、その時の私の状況。

少しでも計算が狂うと素晴らしい気づきを得ることはできなかった。

計算とは、私の精神状態、生活状態、その他諸々。

私の人生のシナリオに書き込まれていた見せ場のひとつ。

見せ場なのだから、完璧に演じなければね。

 

●前編・後編は、マレーシアで起こったことを中心に書いています。

そして、あとがきに続く。

 

pen 神様の道を歩く(あとがき)

幼少時代のブスな笑い顔の写真を公開ww

でも、無垢な気持ちで笑う私の写真を公開したことは意味がある。

笑顔の奥に私を守る存在がうっすらと現れているから。

その自分の中の不思議な存在のことと、お金の状態の表裏を私なりに味わったことを書いた。

そして、話は戻り、マレーシアで高熱が出ている時にホワイトセージを焚いて儀式を執り行った。

儀式とは???

不思議な存在と関係しているのか?

文章中にこんなことを書きました。

>心の奥深くまで浸透するくらいに過去の出来事の意味を理解できたのは、あのマレーシアのデング熱騒動のおかげなのです!

過去の出来事の意味とは?!
    
 

pen 神様の道を歩く(あとがき2)

また話が飛び・・・

2014年の私の年表を書き出した。

書き出してみるとわかるけれど、状況の変化が激しい。

波がうねっているのがわかる。

そして、崖っぷちに立って、悔しさと惨めさに泣いて泣いて。

飛び込もうとしたその時、長期マレーシア行きが決まった。

導かれた、としか言いようがない!

そして、脚本通りに海を渡り、マレーシアから帰国したら私はすっかり人が変わってしまった・・・

 

以上。

 

ε-(;ーωーA フゥ…

 

また長くなってるしww

 

でも、今日は仕上げます(^^;;

長くなるよ、きっと。

ごめんよ(-_-;)

でも、文庫本一冊読むよりは短いから。。。(゜ー゜;Aアセアセ

がんばって読み終えてくださいますとうれしいです。

 

てなことで、やっとこさ、本文。

 

えっと。

まずは、「あとがき」に書かれている、高熱とひどい頭痛でふらふらしている時に執り行った儀式。

 

ネイティブアメリカンが戦いの前に焚いていたというホワイトセージを焚いた私。

時刻は忘れたけれど、たぶん1時とか2時とか、深夜だったと思う。

私の脳内は通常の様子と違って、ちと、ぶっ飛んでいたと思う(^^;;

とにかく、儀式を執り行うために、部屋を清めよう、と思い立った。

 

さて、部屋が清められたら、私は真っ暗な部屋のベッドに横たわった。

この晩は、悪寒と発汗の繰り返し。

悪寒がやってくると、常夏の国なのに、布団二枚に毛布にバスタオルまでかけて、熱は40度近かったと思う。

そんなつらい状態でありながら、儀式をスタート。

私は記憶を戻せるところまで過去に戻した。

そうして、頭の中で自分の成長を順を追って再現したのであった。

謝罪すべきこと、感謝すべきこと、この二つに絞って記憶を呼び戻した。

過去の自分の過ちをくっきりと記憶に呼び戻し、その罪の告白すると共に、悔い改めて感謝の気持ちを述べたのね。

誰に・・・?

それは、神様にです。

だから、懺悔ということ。

 

まずは、自分の魂がさまよっているシーンが現れ、父と母のもとに生まれたことに対する喜びと感謝の気持ちから始まった。

そうして、頭の中では、過去の私がどんどん成長していった。

3歳になったばかりの秋。

夜中に母がいないことに気づき、家中を探し回る私。

祖母は黙って一緒に探してくれた。

母は弟の出産のため病院だった。

 

47年前のことを思い出しながら、マレーシアで私は涙した。。。

「お祖母ちゃん、ありがとう。「ママは病院だよ」と言わず、私の気の済むまで付き合ってくれてありがとう・・・」

 

そして、数年経ち、5歳くらいの私。

母が診療所を手伝いに行く日(たぶん、看護師の急な休暇による)、

私は診療所と自宅をつなぐ渡り廊下の自宅側の端っこに立っていた。

母がいないことが哀しくて、廊下で泣きまねをして「お母さーん」と叫んで。

2歳の弟は祖母と遊んで待っているのに、私は廊下に立って母が来てくれることを待っていた。

祖母が私を心配して様子を見に来てくれても、私はその気持ちを汲み取らず、だだをこねているシーン。

ここでも祖母に謝った。

もう祖母はこの世にいないけれど、きっと届くだろう、と確信して。

 

子供の頃の懺悔は可愛いものだった。

でも、成人になった途端、懺悔の数が増えて、過ちの度合いもひどくなっていく・・・

活字にしていたら目を覆いたくなるような嫌な過去の記録。

高熱でなかったら、こんなことできなかったと思う。

誰に咎められるわけでもない過ぎ去った事なのだから、できれば、このままそっとしておきたい。

でも、これは儀式と割り切って、すべて終えた。

 

私がこの儀式を思いついたのは、自分が異国で体調を崩したことに意味があると感じたから。

そこで、50年間の余分な垢のようなものを削ぎ落とすことで元気になろう、というところにたどり着いた。

 

この勘は外れた。

 

でも、外れたけれど、行ったことには意味があった。

ということは、勘は外れたけれど、行動は正しかったということ。

もっと先に意味が隠れていたので、勘は外れたけれど未来に導くための行為であるから、正しかったのだ。

懺悔は、途中で投げ出すことなく、完了させることに意義があった。

 

50年分の懺悔。

思い出したくない過去も、鮮明に脳に呼び起こした。

臭い物に蓋をするように記憶から葬ったつもりの過ちも、懺悔という形をとればこわくなかった。

他人に打ち明けるわけではないからね。

自分自身で蓋を開けて取り出して、すべて自分が清算した。

だから、明け方にすべて終わった時、私の中にはくさいものは一切なくなっていた。

 

ところが、気持ちの中は清くなっているというのに、体調は悪化。

一睡もできなかったのも原因だけど、寝られなかったの、本当に。

グッタリとしながら、朝を迎えたことに少し苛ついた。

「懺悔したのに何も変わらないのはなぜ?」

窓から見える通称「神様のいる森」に向かって泣き言。

答えは当然返ってこない・・・

自分で見つけるしかないものね。

 

cafe 休憩~w

高熱の中、深夜の懺悔儀式に続いて、次は前編後編に書かなかったマレーシアでの実際起こったことを書きます。

この事実から私は気づきを得たので、まずは事実を綴りましょう。

 

 

熱が出て2日目。

解熱剤も懺悔も効かなかったので、仕方なしに現実を直視して、KLのクリニックにかかった。

そして、その数日後、熱が下がってからの血液検査でやっとデング熱と診断された。

熱は下がったけれど、体中に現れた醜い発疹、そして、歯肉が紫色に変わり、骨が痛くて耐えられない!

血小板の数値がどんどん下がっていき、とうとう入院を勧められた。

私は不安な面持ちで尋ねた。

 

「あのぅ、、入院費はどれくらいかかりますか?」

 

私立のクリニックなので、自費で一日25,000円ほどかかるとのことだった。

私はクレジットカードを所持していないし、所持金少なくマレーシアに来ていたものだから、恥かしながらも答えた。

「入院するためのお金がないんです」

 

保険に加入していたものの、現地で立替え型のものだったので、入院するならば一日に25,000円払わないとならない。

2日入院したら5万円!

すると、クリニックのスタッフに「gaverment hospital(公立病院)」を勧められた。

安いから、という理由で。

 

その時は、藁をもすがる思いだったので、boyに頼んでgaverment hospitalに連れて行ってもらった。

「公立といっても、マレーシア人患者が安いだけ。外国人の入院費はそれほど安くないと思うよ」

そんなboyのサジェスチョンも耳に入らなかった。

 

おおげさかもしれないけれど、運が悪いと治療を受けずに死んでしまうこともあり得る病気だったから、私も必死だった。

その日の尿の色がオレンジ色だったのが、大きな不安要素だった。

血液が交ざっているように思えたのだ。

内臓出血していたら治療を受けないとアウトだ!

 

さて、公立病院のエントランスには、たくさんのマレーシア人がたむろっていた。

見慣れない光景に少し引き気味の私。

日本のように個室に呼ばれることなく騒々しい雰囲気の中、予診を受けた。

が、しかし、いとも簡単に入院拒否された。

もっと重症にならないとベッドは譲れません、ということだったのだろう。

すごすごと帰宅・・・

 

とにかく静養するしかない。

仕方ない。

お金がないのだから。

お金があれば・・・

いい保険に加入していれば・・・

私立の病院に入院して、完全看護の部屋で安堵の中、ゆったりと眠りにつけたろう。

マレーシアの自室のベッドに横になりながら、惨めで涙がこぼれる・・・

 

お嫁に出るまでは、父がかかりつけ医なので、医療を受けることで困ったことはなかった。

むしろ、過保護に医療を受けていた。

嫁いだ後も、普通に医療を受けてきた。

夫が亡くなりがんになった時は慌てたけれど、保険に加入していたので十分な医療は受けられた。

仮に、医療を受けられないくらい貧困になっても、息子や兄弟が助けてくれる環境に私はいた。

 

しかし、マレーシアでは誰も助けてくれない。

お金がなければ、十分な医療も受けられない・・・

入院できなかった事実が私を傷つけた。

 

そうして、翌朝。

朝日が部屋に射す中、ふと思った。

あの公立病院にたむろっていた人たちは、十分な医療を受けられているのだろうか、と。

そして、あそこにも行くことができない貧しい人たちはどうなるんだろう?と。

きっと、お金がないことは当たり前として過ごしているはずだから、重い病気にかかったら、無念にもあきらめて命を落としてしまうのかもしれない・・・

でも、その人は、仕方ないと思って亡くなるのだろうな、と勝手に思い描いた。

それは、私がマレーシアで入院できないことを「仕方ない」と諦めたのと似たような気持ちなのかな、と思った。

勝手にシンパシーを感じて、貧しいマレーシアの人々を不憫に思った。

状況が違うけれど、私もお金がないから私立クリニックの入院を諦めた。

まあ、公立病院でも入院はできなかったのだけど、お金の有無で入院を諦めたことは確かだ。

お金がないのだから仕方がない。

私が傷ついたのは、過去に当たり前のように過剰なほどに医療を受けられた事実があったからだ。

マレーシアの貧しい人たちは、過剰なほどの医療を受けたことがないだろうから、私のように対比できない。

だから、淡々と事実を認めることだろう。

仕方ない、と。

もしかしたら、仕方ない、とさえ思わないかもしれない。

 

そう思ったら、大粒の涙がこぼれた。

泣けて泣けてしょうがなかった。

そして、その涙と共に、沸々と湧き起こった感情・・・

それは、慈悲。

 

私に何かできないのか?

 

自分だって生きていくのにたいへんな身なのでえらそうに言えないのだけど、

でも、えらぶってるわけではない。

気持ちは気持ちだ。

お金がなくても人のために何か役に立つことはできるだろう。

 

ならば、何をすればいい?

 

実家が医者という事実。

ならば、お金がない人の治療のために何かするのか???

いや・・・違う。

私は医学を学んでいない。

私には私のできることがあるはず・・・

 

そう思ったら、高熱が出た晩の儀式が繋がったのだった。

 

私は、自分が実家の先祖の下に命を預けたことの意味をしっかりと受け止めることができたのだ。

鳥肌が立ち、思わずベッドから飛び起きた。

森が見える窓辺に立ち、号泣した。

「神様、ありがとうございます。理解できました。私が生まれてきたわけと、今までの50年間の出来事に意味があることを理解できました」

 

熱が始まった翌日、私は懺悔をしたのに何も変わらなかった事実を哀しく思った。

でも、懺悔儀式を行ったことに満足していたらいけなかったのだ。

懺悔は、点と点をつなぐために行ったこと。

ここに気づいてやっと儀式を執り行った意味が成立するのだ。

すべてに意味があった。

 

点と点が繋がった一例。

たとえば、儀式の中のワンシーン。

私が社長時代のことだから、10年前?

銀座の餃子屋にビジネスパートナーと一緒にいる場面も高熱の中で現れた。

50歳の私は、マレーシアでその日のことを思い出して、パートナーに謝罪しつつ感謝した。

あの時は大喧嘩したのだけどね。

 

あの晩、私は、餃子をつつきながら夢をみるような瞳で彼に語った。

「私ね、患者さんのために使命をまっとうしている父と祖父のように、たくさんの人の役に立つ人間になりたいの。慈悲深く、愛を持ってね。だから、マリア様やマザーテレサが目標よ」

すると、彼はせせら笑った。

「社長~、あのね、それはお金がある人が言う台詞」

私は顔を赤くして反論した。

「父や祖父は、お金がない貧しい患者さんからは治療費をとらなかったの!私はそういうのを見て育っているわけで、私にお金があるない関係なく、私の気持ちを言っているだけ。夢を語って何がいけない?」

「はは。。。それは、違うね。たとえ患者から治療費を受け取らなくても、社会保険や国民保険の基金から病院にお金が入ってくるんだから、無償というわけではないよ」

 

この日、私はビジネスパートナーの前で泣いてしまった(恥

自分の思いを潰された悔しさからの涙。

傷ついたのね。。。

 

でも、懺悔儀式では、彼に謝罪してお礼を述べた。

なぜならば、彼の発言は間違いではない、と10年経った今はそう思えたから。

よく言ってくれたね、ありがとう、そして、実力もないのに頑固に夢ばかり語ってごめんなさい、と言って、その過去の蓋をはずして開放された。

 

こんな思い出したくない過去もいちいち取り出して、きれいにしいた私。

でも、その銀座の夜を思い出すことも大いに意味があった。

 

餃子屋の喧嘩の後、数年経ち・・・

マザーテレサやマリア様になるには、自分が満たされていないといけない、という結論に導かれた私。

でも、デング熱になり、公立病院に行ったことがキッカケで、また別の答えが見つかった。

奉仕とは、お金のあるないは関係なくて、気持ちなのだ、ということ。

自分が今できることをすればいい!

 

マレーシアの自室から森に向かって気づきの報告をしたその朝、やっと回復の兆しを感じた。

からだの発疹も薄くなり、歯肉も尿もいつもの色に戻っていた。

 

(≧▼≦;)アチャ

また長くなってる。

でも、このまま続けます。

 

ここから、最後のまとめ。

私の思いを述べます。

 

表裏一体とは、よく言ったもので、表と裏を経験しなければ真実は見えてこないのだな、と思った。

これは、今年になってから薄々気づいていたことなのだけど、表になったり裏になったり・・・の繰り返しで真実を知ることができる。

愛もそう。

人を愛することの定義はないと思うので、個々の愛に対する思い、かな。。。

その個人個人の愛の定義の真反対も理解する、または経験することで、その人にとっての真実が見えてくる。

両方をしっかり理解するためには、裏、表。。。だけでなく、もう一回裏、表、と何回も繰り返したりもする。

この表裏一体から生まれる真実に気づくと、人として生まれてきた喜びをひしひしと感じられる。

 

とにかく、私は、自分の先祖のもとに生まれてきた理由を知った今、目標がしっかり定められてよかった。

一から十まで、すべて、私の気づきはシェアできませんが、私の書いたことで何か浸透するものがあれば幸いです。

 

こうして、マレーシアに行くように仕向けてくれて、たくさんの気づきを与えてくれて、感謝の気持ちを送りたい人がいます。

それは、神様以上に好きな人。

 

Great thanks to Akeming!!

 

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デング熱になる前@KL

 

私だったから気づけたのだと思う。

あとがきにも書いたように、生まれた時から私を応援してくれた奥の存在。

私はその存在と交信できたから、よかったのかな。

不思議な体験や、不思議な導きを与えてくれた奥の存在。

そして、与えられるだけでは完結しない。

私という肉体がいないとね。

魂と肉体の融合は素晴らしい。

 

マレーシアに行ってよかった。

デング熱はつらかったけれど、希少な体験ができてよかった。

お金をたくさん持って渡航していたら、マレーシアに行った意味がなかったかもしれない。

公立病院に行ったことは意味があった。

そして、そもそも蚊に刺されなかったら気づきはなかったろう。

あと、デング熱が東京で流行っていなかったら、ウィルス性の風邪と誤診されたまま、私も納得していたはず。

すべて起こるべきことだったわけだから、私はスムーズにシナリオを進行させているということかしら。

 

 

今は今で、マレーシアで出された新たな任務を遂行してるとこ。

不思議なんだよね。

自分のできることをやればいい!と気づいた途端、指令が出されたのだから。

笑われそうだけどww

空から声がしたの。

空からの声は何度も経験ありだけど、具体的に任務を言い渡されたなんてはじめて!

それをキャッチできるかできないか、でシナリオの進行速度が変わってくる。

私は「これは任務だな」とキャッチできたので、ソッコー行動に移したよ。

任務終了はいつになるかわからないけれど・・・

今ね、裏返っていますよ。

今まで裏はやらない、と決めていたけれど、裏をやらないと真実は見えてこない。

裏。。。キツイ・・・いや、楽しいです。

というか、もしかしたら、今が表なのかもしれないね。

両面経験したら、真実が見えてくるはずだから、未来が楽しみだわー

 

最後に、タイトルの「神様の道を歩く」

「なんかヘン!( ̄д ̄)」と思われたかもしれません。

だって、神様の道って聞いたことがないですものね~

でも、これでいいの。

神様の道というのは、神様が歩かれる道、というわけではなく、「神様が用意してくれた道」という意味で書いているので。

なので、神様のための道ではなく、「我々個々のための道」という意味なのです。

その個々の道は、神様が用意してくださった、ということを書きたかった。

私たちは、生まれた時から、ただただ、その道を歩いているだけなのよ。

「神様なんていないよ」

と、笑う方もいると思う。

それならば、運命という言い方に変えましょう。

「我々個々が歩く運命にあった道」

私たちは、ただそこを歩いているだけ。

だから、起こることは必然。

そこに感情がつくだけのこと。

起こった事に対して「哀しい」「悔しい」「うれしい」「辛い」・・・などなど。

それは、人ぞれぞれの感情によるもの。

大きく揺れ動く感情の波の中で、起こっている事実をどう捉えられるかによって、先が決まってくるような気がします。

 

                           了 (やっと終わった・・・)

 

後記)

後記・・って・・・

まだあるんかい?(゜Д゜) ハア??長すぎるベ~

((^┰^))ゞ いやいや、ちょいとつけたし。

今回の「神様の道を歩く」のまとめはうまく説明できていないと自分でもわかってます。

というのは、たぶん、50%も書けていないから。

でもね、すべて書かなくてもいいのかな~と今は思っています。

いつか、時が来たら、マレーシアネタで残りの50%を書きたいと思います^^

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猛暑の東京から常夏のマレーシアに移動して、初秋に帰国したと思ったら・・・

ハロウィンの季節になってしまいましたsweat02

ハロウィンが来ると、あれあれという間にクリスマス、大晦日、お正月・・・

また新年を迎えてしまうのか~

光陰矢のごとし。

 

2014年を思い出すと、スタートは父と一緒だった。

年末年始、実家で父と水入らず。

父と二人で過ごしたのは、生まれて初めてだったかも。

私の作った料理で父と一緒にワインを飲んだことを思い出すだけで、胸がきゅんとなって、鼻がつんと痛くなる。。。

もう一緒にワイン飲めないんだなーって思うとせつない。

 

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これは、大晦日の年越し蕎麦のテーブル。

天麩羅は揚げるのが苦手だけど、がんばって手作り!

麺つゆも時間をかけて手作り。

食事制限のあった父なので、旨味を生かした調理に心がけた。

 

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おせち料理は会心の作!笑

すべて父のため。

父が喜ぶといいな~っていう気持ちでいっぱいだった。

大晦日の年越しディナーが済むと、私は十八番の牛肉赤ワイン煮の仕込みに取り掛かった。

おせち料理に入れるために。

あの年末年始は、何時間、キッチンに立っていたのだろう。

 

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で!

年が明けて元旦。

お重が完成!

我ながら感動した。

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上手に作れたとか、そういうことよりも、、、

お重の中に詰まったお料理がキラキラ輝いて見えたの。

「お父さん!私の愛がこもったおせちができたよ!美味しく食べてね」

っていう念が込められていたというか・・・

 

この時、私は気づいたのです。

塩分控えめで味にパンチがなくても、丁寧に出汁をとることで薄味が美味しくなる、と。

愛を込めて作ることはもちろん、手間をかけることで、もっともっと美味しいものができる!

そして、人々のからだが欲しているものは、これなんだ!と気づいたのです。

こんなこと、当たり前のように誰でもわかっていること。

私だってわかっていた。

でも、理解していても、体験を通して裏と表を経験しないと真実は見えてこない。

私は、「便利」と「手間」の裏表を経験することで真実を見出したのです。

気づいてよかった。

だから、父と過ごした年末年始は私の宝のような時間。

今は亡き父との思い出の時間は宝物。

でも、それと共に、この気づきをいただけたことは、私の宝の経験なのです。

それからというもの、我が家の食料品ストックから化学調味料の出汁や調味料がゴミ箱に消えていったのは言うまでもない!

 

この宝のような気づきは、私の人生のシナリオの上でマーカーで印すべき重要なことだった。

なぜらば、私は年明けから料理教室をスタートさせたから。

 

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私は2月に父のお見舞いに行った時に、こんなことを父に言っている。

「年末年始にお父さんにおせち料理を作ったことで、調理する上での大切なことを学んだよ。

それを知った上で料理教室を始められるので、間に合ってよかった。

あの時の経験がとても役に立っているの。

私、料理家としてがんばるね」

父はどう思ったのかな。

返事はなかったんだよね。

でも、私が料理家として紹介されている雑誌を手渡すと、私の出ている頁をじっと見ていたな~

言葉はなく、見入っていた。

 

そんなわけで、年始にドドーンと重要な学びを得て、その後、着々と脚本のストーリーを進めていった私。

1月から料理教室を始め・・・

1月、2月は、料理家としての仕事で雑誌に小さく出させていただき。

2月に父の突然の入院。

2月から、遠方の病院へのお見舞いと仕事の両立の日々が始まり、同時に参拝も頻繁に。

参拝の回数が増えたせいか、神様のご加護と思えるような不思議なことが数度起こり・・・

そして、深い深い学びを得て。

6月に現世の父との哀しい別れ。

父と別れたその日に、神田の小料理屋の女将仕事のオファーをもらい・・・

7月から、デイリーワークと並行して新たな仕事を始めた。

ちょっとからだがきつかったけど、意味があるはずだから、とがんばった。

 

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が、しかし!

女将仕事は、一ヶ月で終了。

私が入って一ヶ月でお店がクローズしてしまったから。

でも、私は、単に「クローズのために女将仕事終了」ととっていないの。

得るものを得たので、何らかの形で任務を終わらせた、ということなのかと思ってる。

だって、その神田のお店がきっかけで再会した知人に誘われマレーシアへ行ったのは事実。

たった一ヶ月間の女将仕事は意味があったのだ。

私の作った料理を食べたことがキッカケで「KLのダイニングバーを見に来てほしい」と誘われたのだから。

そして、「はい!」と答えた数日後に、私は一人でクアラルンプールの空港にいた。

 

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最終日、マレーシアの会社役員の皆さんに料理を作り、私のマレーシアでの仕事が決まった。

そうして、短い三泊四日の旅は終了。

 

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が。。。

帰国したら、なんと、その翌日いきなりマレーシアの仕事のオファーがなくなった!

そして、8月に入り、マレーシアからのオファーが二転三転しているうちに、私はマレーシア行きを諦め始めていた。

ところが、、、そんな時に、再びマレーシアに戻るキッカケが。

 

今思うと、どうでもいいことなのだけど・・・

( ↑ この「今思うとどうでもいいこと」という前置きはかなり重要です)

ある発言に私の感情が逆撫でされ、ぶち切れた私は勢いに任せて人との縁を切る覚悟で崖っぷちまで走ってしまったのだった。

今思うとどうでもいい、ということは、その時は本来の私ではなかったのだろう。

なるべくしてそうさせられた、というか。

嫌な言い方をすれば、私の感情に流される性格を使われて、行くべき方向に押し出されたのかな~と思う。

シナリオに沿って進行するには、この時崖っぷちに走っていかなければならないのに、私がなかなか走り出さなかったものだから(^^;;

そのシーンに仕向けるような流れにならなければいけなかったのかな、と思う。

だから、今思うとどうでもいいことなのです。

 

さて、崖っぷちで私は震えることはなかった。

なぜならば?

 

flairシナリオに書いてあることとわかっていたから。

 

ただ、崖っぷちに一人立って泣きました。

やはり、シナリオ通りに進んだとしても、感情の波が大きく揺れる中の進行。

それは、心が傷ついてもしょうがない。

でも、泣くくらい、惨めな思い、哀しい思いで傷つくことを経て人は飛躍するのかな。

意味もなく泣けて泣けてしょうがなかった。

だけど、涙を拭いて崖の上にしっかり立った。

だって、飛び込むしかなかったから。

 

私は大丈夫!と信じていた。

そして、ジャンプしたタイミングで・・・

やはり、ヘルプが入りました。

 

そうです。

諦めていたマレーシア行きが戻ってきたのです。

 

ホント、人生、何があるかわからないものだよね・・・

海に飛び込まず、躊躇して後ずさりしていたら、今の私はいないんだから。

 

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でも、まだストーリーの一章は終わらない。

マレーシアに行ったことの先に大切な学びが待っていたのでね。

行くことで完結ではなかったのだよ。

 

8月下旬から一ヶ月間のマレーシア生活。

そして、マレーシアでデング熱になり、予定外の日程で帰国・・・

これも意味があったね~

シナリオに急遽書き込まれたものなのか、最初から書かれていたことかわからないけれど。

上手い具合にことが進むものだな~と驚いてしまう。

 

さて、日本に戻ると、少し涼しくなっていた。

私は、日本の地を踏むなり、言葉で表現できない違和感に悩まされるようになってしまった。

たった一ヶ月東京を離れていただけなのに、浦島太郎状態。

自分の居場所が違うような疎外感に苛まれ、一人でいることに安堵感を持つようになった。

でも、幸い、私は、マレーシアでの体験によって、自分自身が変わった、ということに気づいていたのです。

だから、不安はなかった。

自分の心が東京生活に適応していない、と理解できていたので、休憩しようと決めた。

そんなわけで、裕福でもないくせに、一ヶ月も何もしないで家にいたのです(^^;;

心を休ませるために。

まあ、充電期間と言っていましたけどねw

 

以上、前置きですwwww

 

|||||/( ̄ロ ̄;)\||||||| まじ~~?

前置きが長すぎたねwww

 

ごめんちゃいw

 

私の魂の言うとおり書いてるものだからww

まあ、要は、起こることには意味がある!ということです。

 

この長い前置きにも意味があるので、本文に進みましょう。

結びでよく理解できるはずです!

 

、、、と思ったけど、やっぱり長いよね。

私も疲れてきちゃった(爆笑)

 

ゴミンw

 

「あとがき3」に続く。。。

 

※更新する時間がなかなかとれず・・・

あとがき3は、もしかしたら、こんな書き始めかも。

→ あらら、、、いつの間にか、クリスマスの時期ですね。。。

 

||||||||||凹[◎凸◎;]凹||||||||||ガビーン!

 

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この写真が好きです。

父33歳、姉4歳、私2歳。

私、100%心から笑ってる。

ぶすだけどw

悩みなんてないんだろうな~

無邪気な笑顔。

心が洗われる。

 

私の誕生日は夏なので、着ているお洋服で想像するとクリスマスかな。

弟が生まれていない冬なので、私は2歳半。

 

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

 

「神様の道を歩く」を前編後編に分けて書かせていただきました。

マレーシアでデング熱になったことで得た素晴らしい気づき。

その気づきは私に与えられたものなので公開しませんが、

その素晴らしい気づきを得られた過程を文章に残したかった。

 

で、今回は、そのまとめ、というか「あとがき」という形でシェアしたいと思います。

 

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

 

さて、写真の話に戻ります。

この頃、すでに、2歳の明美の心の奥のどこだかわからないところで、誰かが待っていた。

「この子が気づくのはまだまだ先だな~」

ってあくびしていたかもしれない。

 

そうして、彼(彼女?)は、明美という名の女の子の成長を見守ってきた。

 

「やだやだ、気づいて!ダメだよ、そんなことしてちゃ!」

と、慌てた時もあったろう。

「そうそう!その調子!」

と、褒めてくれた時もあったろう。

「泣かない、泣かない。大丈夫だから」

と、慰めてくれた時もあったろう。

その存在は、明美の一番の味方だった。

明美が、安心してすべてをさらけ出せる存在。

 

人間としてこの世に生まれ、同じく人間の両親に育てられたわけだから、親に躾けられ、親の持つ常識を教え込まれた。

経験を通して、良き悪しきは関係なく様々な情報を得て、学問は学校で得た。

 

でも、誰が教えたのだろう?

私の奥の方にいる大切な存在を。

 

子供の頃から、私は心の友に気づいていた。

目には見えない。

だけど、心地よい相手。

存在を確認できないから、表現のしようがない。

表現する必要のない存在。

だって、誰もそんなこと一度も教えてくれないし話題にも出ない。

「あたしのここんところから声がしてたのしいよ」

なーんて、胸を手にして言わない。

声がするのは当たり前。

深く考えなかった。

とにかく、私は、その心地よい友と共に過ごし、癒されていた。

 

母に「あなたは本当に落ち着きがない子」と苦笑いされるような子供だった。

それは、その心の友と会話したり、一緒に歌ったり、踊ったりしていたから。

一人の世界に入ることが多く、友が踊って歌うと、私も現実の時間の中で踊って歌った。

笑~~~

今となっては母が心配するのもわかるw

だって、見えない存在を相手に遊んでいるわけだからw

日本人の子供が当たり前に日本語を喋り始めるのと同じように、私はその存在を当たり前として一緒に過ごしてきた。

 

そして、有り難いことに、嫁ぐまでは何の不自由もなく家族に育てていただいた。

家族に謙譲語を使うのは、心から感謝しているから。

お父さん、お母さん、お祖父ちゃん、お祖母ちゃん、ありがとうございました。

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不自由なく育ててもらった、というか、我が家は裕福な家でした。

父で四代目の医者の家。

先祖のみなさんが築き上げた一家に、私という人間が仲間入りしたことは意味があったんだな~と思います。

 

話は飛びます。

今年の2月に週刊誌に私が登場しましたが、読まれた方々は賛否両論でした。

賛否両論ってほど、影響はなかったけれどwwww

週刊誌の記事の内容が、いくつかのネットニュースに取り上げられ、あるサイトでは不特定多数のコメントが寄せられていたのですが・・・

 

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この記事は、夫が亡くなってからお金を稼ぐ大変さを知った、というような内容だったので、

批判する中には「でも、実家が医者なんだろう?」みたいなコメントを入れていました。

(しっかり読んでいないので詳細は忘れましたm(_ _)m)

記事の中に「医者だった祖父や父が・・・」というくだりがあったから。

「実家は医者なのだから、未亡人になったとはいえ援助をしてもらっていたはず」というニュアンスなのでしょう。

確かに、掲載された文章だけでは、本当の私を読み取ることはできません。

 

良き時代はあった。

でも、苦しい時代もあった。

夫が亡くなってから、私の判断でお金を失ったこと数回。

今となっては訓練の一環だったと思える出来事だけれど、お金がなくなったことは事実。

メンタル面がきつかった。

許せないものを許さなければならない苦痛。

それは、いい時代を経験していたからだと思う。

見栄に近いものもあったし、イイ時代を経験して生まれた自分の許容範囲があったのだと思う。

でも、その許容範囲を一新したことで生まれた新しい私。

こうなれたのは、良き時代もあり、苦しい時代もあったから。

それぞれの時代を対比して起こることの意味を考えられたので、いい訓練になった。

この訓練のおかげで、私の価値観が研ぎ澄まされていったのだから、様々な経験は、私が生まれた時から起こるべきことだったのでしょう。

 

話が飛びまくるので、少しまとめます。

●小さい頃から、私の中にいた不思議な存在のこと

●裕福な家に生まれ育ったけれど、成人してからのお金の苦労は訓練だった

と書きました。

 

これらのことは、前からわかっていました。

私の心の奥の存在を認めて交信し始めたのは、40歳の頃からだしね。

でも、心の奥深くまで浸透するくらいに過去の出来事の意味を理解できたのは、あのマレーシアのデング熱騒動のおかげなのです!

 

デング熱感染による高熱が出た晩、深夜に思い立ってとった私の行動・・・

解熱剤も飲み、首も冷やし、水を飲む以外に・・・

なんと!

高熱のからだでふらふらしながら、ホワイトセージを焚いたのです。

 

ここで、ホワイトセージの説明。

ホワイトセージとは、古代ネイティブアメリカン(インディアン?)が戦いの前に陣地を浄化していたと言われているハーブの一種です。

日本を発つ前に、パワーストーン専門家のジュリアちゃんから預かったホワイトセージ。

マレーシアでの住まいを浄化してね、と贈られたものでした。

 

私は、朦朧としながら、引き出しからホワイトセージを出して、キッチンのガスの火で燃やしました。

そうして、ガラスの器に煙を出すホワイトセージを入れて、広い住まいの隅の隅まで煙をたゆたわせ・・・

土地が浄化されたことを確認してから、ベッドに横になりました。

なぜ、ふらつくからだでこんなことをしたかというと。

 

それは、儀式を執り行うため。

 

エッ? (;゜⊿゜)ノ マジ?

高熱が出ているのに?

 

YES。。。苦笑

 

私は、神聖な場所で儀式をしたかったの。

高熱が出ている時は、意識が普段と違う。

もしかしたら、あの時の私は、普段の意識がぶっ飛んで、普段使っていない意識が活動していたのかもw

 

何の儀式化というと・・・

 

かなり長文になっているので、次に続きますw

 

次は、タイトルに迷うな~www

あとがきのあとがき?

あとがきの続き?

 

(-ω-;)ウーン

 

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@KLコンドミニアムのベランダ付近。

これは、自家製ラズベリージャム。

ラズベリーが半額だったので作りました。

 

この写真をトップにしたのは意味があります。

ジャムが主役なのではありません。

ジャムの背景にうっすら写る森の木々がメインです。

 

さて、私が住んでいたコンドミニアムは、海外からの駐在員が多く住まうエリアとはいえ、

そのエリアの端っこの、これからもっともっとビルが建つであろう区域。

すなわち、現在開発中の辺りに聳え立っていました。

 

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リビングルームから見える景色はこんな感じです。

 

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少し遠くにそそり立つ建物がMont Kiara(モントキアラ)の高級コンドミニアム群。

高速道路をはさんでこちら側は、緑が残されつつも建設中のビルディングがたくさん。

高層コンドミニアム地の予備軍といった感じです。

 

モントキアラは、ビルが建ち並んでいるけれど、私が住まっていたコンドからは緑が見えて心地よかった。

 

私が使わせていただいていた寝室。

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この部屋のうれしいことは、高速道路の向こう側に小さな山があったこと。

窓の向こうにうっすらと緑が見えるでしょう?

私は、朝起きると窓を開けて、山の木々に向かって挨拶したり、話しかけたりしていた。

 

KLでは日本語を喋る人がいなくて、独り言が多かった私ww

でも、この山に話しかける時は、独り言ではなく「対話」だったのね。

 

エッ? (;゜⊿゜)ノ マジ?

山に誰がいたのかい?

 

壁|m`)ムフッ

 

それは、神様ですww

 

私のアタマがオカシクなったわけではありませんww

だって、私がへんなのは元々であるし(爆笑)

 

ディンギー(デング熱)になった時も、話しかけてました。

海外で一人ぼっちでへんな感染症にかかった意味を問うことに必死でした。

 

それは、対話でなくて独り言でしょ?( ̄w ̄) ぷっ

。。。と思うよね。

 

でも、しっかり、返事がきているので、私にとっては対話だったのです。

 

その返事の素晴らしかったこと。

からだの異変が辛かったことも、心が傷ついたことも、すべてその返事で一掃されたくらい。

なぜならば、

「あ~、なるようになっただけなんだ~」って思えたからです。

 

私は、神様の道を歩いているだけなんだな~って思えてうれしかったです。

「デング熱でよかった」とさえ思いました(もう感染したくないけどww)

 

だって、ただの風邪だったら、気づきはなかったし。

これ以上重い病気だとからだがきつかっただろうし。

しかも、デング熱になるっていうのは、KLに着く前から決まっていたんですよ。

きっとね・・・

本当は、私の人生のシナリオに書き込まれていたのは別の病気だったかもしれない。

なのに、デング熱になったのは、意味があったのです。

その後、東京で流行ったから。

dangerすべて私の勝手な推理ですw)

 

KLでインターネットができない時、Gmailは使えたの。

なので、Gmailに入る朝日新聞のネット配信お知らせだけ読むようにしていたのね。

タイトルだけは読めたので。

(※正確に言えば、ネットできる環境の時もあったけれど、滞在時の半分以上はインターネットから離れた生活だった)

 

私は新聞は読まないのですが、たまたま出発数日前に配信申し込んだものでした。

その理由がww

海外に行くから、日本の情報を!・・・というわけではなく・・・

配信を申し込むと、ハワイ旅行が当たる!という企画に誘われてww

読むつもりもなく申し込んだの。

 

ナハハww

 

インターネット依存症の私だったので、詳細が読めなくてもニュースのタイトルを読むことだけでも楽しかったのねw

詳細はインターネットにつながないと読めないにしても・・・

タイトルだけ読むことで、日本と繋がって安心していた。

 

そんなある日の配信タイトルで目に飛び込んだのが「テング熱」

 

天狗熱?!(  ゜ ▽ ゜ ;)

へんな病名・・・

天狗の鼻のように、鼻の腫れる熱病かしらん。。。

 

オイオイ・・ (;´д`)ノ

 

テング熱じゃなくて、デング熱!!!

 

笑~~~~

老眼が進んでいたこともあって、濁点読み違いwww

そして、鼻が腫れる、なんて、笑える解釈www

 

「天狗熱って病名がこわいな~」(アホw)

そう思った朝、姉からショートメールが届いた。

「こちらでは代々木公園で蚊に刺された人がデング熱に感染したと判明。大騒動だよ」

 

私は、すぐに反応して返信。

「ネットニュース配信で見たよ!不気味な蚊だよね。私が帰る頃はほとぼり冷めているといいな」

 

この時、まさか、自分がデング熱にかかるとは思わず。。。

熱が出る数日前の朝だった。

予備知識を得られたことに感謝だね。

日本で流行っていなかったら、まったく聞いたことのない病名だもの。

鼻が腫れる病気と思うくらいだし(爆笑)

 

姉のメッセージをよーく見たら「天狗」じゃなくて「デング」ww

あほな勘違いに気づくと共に、デング熱という病名がインプットされたわけ。

ニュースを読まなければ気づかなかった病名。

そして、姉のメッセージによって「天狗熱デング熱」は、印象的に私の脳にインプット。

 

なるようになっているんだねww

 

こういった前触れがなければ、私は熱が出た時に「もしかしたらデング熱かな」と気づかなかった。

高熱が出た翌日、友人に「蚊のウィルスのような気がする」と言っても、「ディンギーは入院するくらい重症な病気だから違うよ」と言われ・・・

クリニックで「蚊に刺されたのですが」と言っても、ドクターは「そんな簡単にディンギーにはなりません」と笑っていたし。

 

天狗熱と勘違いしたアホな事実が、より一層、デング熱情報の収集に必死になれた。

しかも!

天狗熱デング熱を知った日に、再びインターネットできるような環境に!

お友達のヘルプがあって、そういう環境を作ってくれたのですwink

 

こういうストーリーをどう思います?

誰かのヘルプが入っていると思えるような展開。

 

私は、人生のシナリオに書かれていたこと、ととります。

すなわち、私は海外で病気になる運命だったのだととります。

 

海外で病気になる運命だったのであれば、どんな意味があるのか?

それは、病気になることで学ばなくてはならないことがあったという意味です。

 

帰国して・・・

「ついてないよ~。デング熱になっちゃってさ~」

って愚痴るだけでは、何の成長も学びもない。

 

私は、高熱になった時点で、「何かあるぞ」と勘繰っていたので、気づきは早かったのです!!

 

私の「勘繰り」は、悪い意味のものではないですよん^^

余計に不安をあおる、という意味の勘繰りではなく、不安な事実から先を読む、という意味の勘繰りです。

でも、魔法使いでも預言者でもない私だから、勘が外れることはあります(^^;;

 

外れた~~~||||||||||||||(* ̄ロ ̄)ガーン||||||||||||||||

ってショックを受けて終わっちゃいけない。

 

ここが重要flair

勘が外れても、外れたことから先にたどっていくと、結果に導かれる!!

 

また長くなっちゃったww

 

後編だけど、終わらないよ(^^;;

 

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カメラの記録を見ているとおもしろい。

この写真は、私が体調を崩した日に撮ったもの。

まだ元気だった正午前後。

コンドミニアムのプールで撮った写真。

この日を境に、カメラに残す記録が極端に減ります。

 

この日はプール日和。

Book storeで買ったレシピ本を読みながら、プールサイドでのんびり日向ぼっこ。

プールはひと家族のみ。

静かに過ごす午後。

 

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な~んにも変わったことはなかった。

この時点ではね。

 

さて、日に当たっていたので、当たり前に喉が渇いてきた。

少量入っていたミネラルウォーターのボトルは空。

「そろそろ引き上げて、部屋でビールでも飲もうbeer

そうして、部屋に戻ってビールを飲んだ。

 

ビールを飲み終えたら、少し肌寒く感じた。

「今日は気温が低いのかな~」

 

まだ異変には気づかず。

パーカーを羽織ってエッセイブログ「KLの窓辺から」を書き始めた。

・・・が、長文過ぎたのか、つらくなってきた。

 

仕方ないので、長文ブログは保存して、別の話題を簡単にアップ。

確か、柔軟剤のこと。

 

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なんだかうっすら頭痛がする。

「やだ、、、風邪?」

そう思って、早々と夕飯の支度。

数日前にチキンスープをとった際に、使った手羽先をほぐしたもが冷蔵庫に入っていた。

出汁用なので、捨ててもよかったのだけど、なんとなくとってあった。

「そろそろ始末しなきゃ」

そう思って、簡単なカレーを作った。。。

 

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カレーはできたけれど、ご飯を炊くのが億劫になり、冷凍してあった黒米入りご飯を解凍。

サラダもなし。

いよいよ、からだがだるくなってきたのだ。。。

異変に気づき始める。

 

へ・・・へんだぞ・・・sweat02

 

「悪化しないように薬を飲んでおこう」

こういうときは、早めに対処。

頭痛薬と葛根湯を飲んだ。

 

夜になったら、だんだん調子が悪くなってきて、発熱しているのがわかった。

 

とにかく水をたくさん飲んで、夜中に何度もおトイレに行き、6時間後にまた頭痛薬を飲んだ。

夜の8時くらいは、微熱だったのに、深夜、高熱が出ているのがわかる。

体温計がなかったので測れなかったけれど、深夜は40度近かったと思う。

重いからだを引きずるようにしてキッチンに行き、袋に氷を入れて首の後ろを冷やした。

コピアイスのために作ってあった氷が大活躍。

「あ~、氷を作っておいてよかった~ε=Σ( ̄ )ホッ」

 

とにかく寝て少しでも回復しなきゃ。

そう思ったけれど、一睡もできなかった。

高熱と共にものすごい頭痛が~~~~~w▼ ̄□ ̄;▼!

 

なぜ熱が出ているのか・・・

病気の原因ではなく、自分がこういうことに遭っている理由ばかり考えていた。

 

心が折れそうになると、何度も父を思い出した。

私のかかりつけのドクターだった父。

子供の頃、微熱が出ただけで、母は「お父さんに注射をうってもらいなさい」と言った。

嫌々、父の診察室に入ると、父は小声で言ったものだ。

「これくらいたいしたことないぞ。注射するほどじゃないのにな・・・」

その後に続く台詞は「お母さんがうるさいから、うっておくよ」だったのかな。

私が45歳の時、自分が高血圧だった事実にショックを受けた時も・・・

「薬はなるべく飲まずに食事で治しなさい」と言った父。

医者なのに、血圧の薬は勧めなかった。

私ががんになったと告白した時も父は動じなかった。

 

だから、高熱と頭痛で苦しみながらも、父を思い出してがんばった!

「私は大丈夫。ね?お父さん、そうだよね?」

空に向かって、何度も天国の父に話しかけた。

o(TωT )( TωT)o ウルウル

 

でも・・・

とうとう夜が明けて。

ぐったり。。。

 

 

さて!

私は、常夏の国というのに、インフルエンザにでもなってしまったのでしょうか!

 

チャウ((-.- 三 -.-))チャウ

 

私の病名は、

ディンギーフィーバー。。。

 

ディンギー?(゜∇゜ ;)

 

デング熱のことです。

 

えええええ~

|||||/( ̄ロ ̄;)\||||||| まじ~~?

 

8月末~9月、東京を騒がせていたデング熱。。。

 

まさか、東京にいなかった私がかかるとは・・・Σ( ̄ロ ̄lll) ガビーン

希少な体験をしました。

 

でもね、

希少な体験をできた、ということは、理由があるのです。

デング熱になってしまったことは、単なる事実。

その奥に、理由と結果があります。

イコール、私は、神様が用意してくださった道を歩いていただけなのです。

 

(゜Д゜) ハア??

 

あははw

いつものファンタジーww

 

後編に続くw

 

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昨日のクラスの残りです。

 

ピーチメルバ・ズッパイングレーゼ。

オリジナルデザートですscissors

 

ズッパイングレーゼは、イタリアナポリの名物ですが、「イングレーゼ=イギリス風」。

なぜイギリス風なのかわかりませんが(^^;;

ズッパはスープという意。

スポンジケーキにたっぷりとリキュールシロップを染み込ませることで、ズッパと表現しているのだそう。

シロップは、ザクロを使うのが一般的なのだけど、私はピーチメルバ!shine

桃の缶詰を使ったシロップで作ります。

 

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バーナーを使ってメレンゲの上に焦げ目をつけるのですが。。。

私は料理研究家というのにバーナーを使う時、非常に緊張して大汗かきますwww

 

そして、昨日のクラスでは、このズッパイングレーゼをスプーンですくって・・・

ドカン!

とお皿に乗せて出してしまい。。。( ̄□||||!!

後で「失敗したぁ~~~。・゜゜・(≧д≦)・゜゜・。」と反省down

雑過ぎました。。。(-_-;)

 

丁寧にカットして、そっとお皿に乗せるべきでした。。。

昨日のクラスメイトさん、ごめんなさいcoldsweats01

 

次は、反省点踏まえて、慌てないでやりますデス(-_-;)

 

さてさて、

「来月はどんなメニューですか~?((o(^∇^)o))」

と聞いてくださった生徒さんもいましたheart

 

heart04うれしーーーsign03happy02heart04heart04

 

どんなおもてなし料理にしようかな~~~~

 

8月は、マンスリークラスはお休みで、やるならばアンコールメニュー。

新しいメニューは、9月かな~

私の十八番のメニュー「牛すね肉赤ワイン煮」もいいね♪

 

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しかし~

昨日も、生徒さんたちとお喋りタイムの時に、過去を振り返って思わずつぶやいたのだが。。。

 

「Akemingは作家志望だったよね??(゜Д゜) 」

 

ウ・・ ウン(._.;)

 

そうでしたよね。。。

でも、今は書いている時間がなくて、、、

 

書き途中の小説は温めておこう。

いつか役に立つだろうし^^

 

今は、書くことよりもお料理に自信がついてきたとこ。

自称「料理研究家」ですからwww

 

思い切って行動に移したら、先が見えるようになって、自信がついてきました。

今回に限りwww

 

作家目指してがんばっていた頃は、出版の話が舞い込んでも流れることが多くて(-_-;)

先が見えない状況でした。

 

今度こそ!wwww

 

明日は明日の風が吹く。

明後日は明後日の風。

 

明日はどうなっているんだろう?!

 

毎日、めまぐるしく変わる私の状況。

心の成長もあるので、明日が楽しみだし、明後日が楽しみだし・・・

未来が楽しみです。

 

今、命がなくなったら、まだ若いので悔いが残るけれど・・・

でも、目に見えない色々なことが、アタマの中で整理されてきたので、

今は死なないにしても、いつか、肉体が滅びる時は、

「神様~!ここまで来られました!」と笑顔で言えそうです。

 

使命をまっとうするまで、まだまだがんばりますけどね^^

 

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人生のカラクリ

| コメント(2)

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わけあって、リーデルのフルートグラスを買いましたshine

わけあって、、、というのは、

買う必要がないのに、ということの言い訳です(^^;;

 

フルートグラス、っていうか、泡を飲むためのグラスは持っているのです。

これは・・・

12年位前に生前の夫にせがんで買ったもの。

6客あったのが、割れてしまい、現在4客。

写真右奥のドット模様のグラス。

 

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新しいグラス、明日のお料理クラスにさっそく使うぞ~happy02

 

明日はカレーレッスン!

3回目となります。

 

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新調したものといえば・・・

生徒さんたちのスリッパも夏仕様に!

毎回「冬のスリッパでごめんね~汗」と謝罪することはなくなったぞwww

 

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さてさて。

タイトルの「人生のからくり」

 

からくり・・・仕組まれていたこと。

 

そうです。

人生って脚本があるんですよね~

たとえ、脚本通りに進まなくても、人生ゲームのボードは変わることがない。

脚本ではトンネルをくぐるはずが、山道を登ってしまい、、、

でも、結局同じ道に出るってことです。

トンネルをくぐれば楽だったのに、山登りで体力消耗・・・ってだけのことで、

同じボードの中で動いているんですよ、きっと。

そして、体力消耗して遠回りしたたいへんな思いは経験として糧となる。

 

人生のからくりって人知に及ばない不思議な仕組みなのだな~と驚いてしまう。

 

そのからくりが理解できたので、私は今の自分の位置が漠然とわかります。

私の今の位置は。

カジノで一攫千金狙おうか、、、とか、

いや、そんなリスキーなことはやめてコツコツと努力すべきだよ、とか、、

そうところを超えたところにいるように思えます。

 

それは、自分の奥深いものを引き出してしまったから。

この引き出したものさえあれば、一攫千金狙ったり、コツコツ溜め込んだりする必要はないのです。

ゲームボードでは、右はカジノ、左は労働となっています。

でも、私は、どちらも選びません。

眼に見えるゲームの道は二つだけど、私は、いきなりワープするのです。

 

どこへ?

 

それは、わかりませんwww

 

ボードの中にいることは確かなので、ゴールに着いちゃうのか、振り出しに戻っちゃうのか。

こうやって書いていると、

「何だか達観した感じ・・・ははぁ、明美さんはゴール近くにワープするんだな」

と思われるかもしれません。

でも、それは、最終回がわかってしまうドラマのようでつまらない。

 

ゴールか振り出しか?というのなら、

私は、振り出しに戻るんではないか?と思っています。

そうして、また同じ道を歩くような気がします。

 

一度歩いた道。

でも、違うのは、歩く時の気持ち。

前と同じ道でも、見えるものが違うし、歩き方も違う。

同じ道だから気が楽です。

焦ることも慌てることもない。

余裕です。

そうやって歩いていると、さらに豊かになれるような気がします。

 

来週は50歳のお誕生日を迎えます!

42歳の頃から言われていた、楽しみな50歳。

あっという間に8年経ってしまった。

ちょっと写真探してみようww

怖い気もするがwww

 

 

あったwww

これは、41歳のお誕生日の頃。

バラエティ番組の撮影中です。

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そして、42歳のお誕生日直前。

この頃の写真が見つからず、こんなのしかないw

エプロンしてるので、姫にお夕飯作っているところかな。

このエプロン、先週のお料理教室で使いました。

 

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43歳。

サロンオープン直後。

15年ぶりにハワイに渡り、帰ってきたばかりの私。

 

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盛大にBDパーティーをやり(^^;;(^^;;(^^;;

 

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44歳のお誕生日。

これは、キャンティかな。

 

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そして、サロン一周年記念も併せて、これまた盛大にwww

ロングドレス着てますw

 

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45歳!
 
一年経っても成長していない?(-_-;)
 
相変わらずはっちゃけてます。
 
 
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ハワイで買った白いドレス!
 
そうです。
 
この年は、ハワイでもお祝いしてもらいました~
 
 
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46歳。

がんを克服してからのお誕生日。

新しい命をいただいた後でのお誕生日は感慨深かった!

 

お誕生日当日、お祝いディナーに出かける私の写真が出てきた!

なんか、可愛いwww(自分で言うのもナンだが(^^;;)

この時恋していたのだな。

 

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もう少し、画像を大きくしてみようw

このにこやかな笑顔!!!(*≧m≦*)ププッ

よかったね、あけみさんw

 

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47歳。。。

大嵐がやってきてヨレヨレだった。。。

笑顔だけど、心から笑っていない。

死にたくなっていた。。。

 

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そして、、、

48歳。

苦しいながらも、地に足をつけて歩くことを学び。

このBD会では、皆さんに感謝の気持ちを込めて、お土産に手作りリエットを。

徐々にお料理の道へ・・・

 

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49歳。

この頃は、今の私に近いかな。

この時も、お土産を。

ティラミス!

 

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そして、ジュリアちゃんとお誕生日参拝に行って、個人的にお祝いしてもらった。

「明美さんの行きたいお店にしよう」

と提案されて、以前の住まいの近くの思い出のリストランテへ。

 

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この日、お誕生日記念に神社でおみくじをひいたら、素晴らしいことが書いてあった!

「色を慎み、

身を正しく、

目上の人を敬って、

目下の人を慈しめば、

いよいよ運開けます」

 

大吉!!

このおみくじのメッセージは、一年間、私の生きていく上でのモットーとなりました。

 

そして、もうすぐ50歳!

 

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この8年間は非常に濃くて、学びも大きかった。

お誕生日までカウントダウンしながら、心に得た大きな学びを確かめよう。

人生のからくりに感動しつつ。

 

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オリーブの瓶ですが、中身は新生姜の甘酢漬けです。

お鮨屋さんのがりを再現。

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6月のレッスンに使います。

 

カレーに合うさっぱりしたアップルジンジャーサラダに。

 

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カレーにリンゴを使うので、一個使い切るためにリンゴを使ったサラダを考えました。

 

でも~

こちらのサラダは、試作の写真。

去る6月8日のクラスでは、違うサラダを作りました。

どなたも「不味い・・・」って顔はされていませんでしたが(^^;;

わたし的には、試作やり直しだな~と反省。

 

カレーは、好評でしたよheart

 

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今回、試作に時間がとれなくて・・・

本当は、レッスンを延期にしようか迷ったのです。

 

でも、ウチの父は、体調が非常に悪い時でも、母の通夜の日も診療所を開けていましたし、

五代目の弟ドクターも父の血が流れているのですから、父と同じく、でしょう。

 

なので、私も私的な言い訳でクラスを延期することはしない!と決めたのです。

お父さんの子だし^^

 

そんなわけで、クラス中止で迷惑をかけずに済みながらも、サラダはAkemingセンセ的には成功ではなく・・・

こういった形で生徒さんたちにご迷惑をかけてしまいましたが、

後日、新レシピを郵送する、という形で挽回することにしました。

 

まっとうできてよかった・・・shine

クラスを中止にしない!ということに意義がありました。

もしも中止か延期にしていたら、出逢えるはずの生徒さんとの縁が切れていたことでしょう。

出逢える人は、縁のある方。

その縁を切ってはいけない、という気持ちも大いにありました。

 

実は、先月から私にメッセージが届いていたのです。

「自分がまっとうしたい仕事はやりなさい」と。

 

だから、5月末の出張料理も翌日のクラスも、心の芯を整えてがんばりました。

私は芸能人ではないので(^^;;

親の側にいたくても仕事で行けないっていうほどのことではないのですけどね。

「やる!」と決めたことはやり抜きたかったのです。

 

参拝に行くたびに、神様に語りかけていたこと。

それは、、、

「私は今のままでいいのでしょうか?次に進むためのメッセージをください」

 

平日の夜、アルバイトをして生計を立て、

土日を使って、自分のやりたいことを表現する。

この流れが今年に入ってから始まりました。

生きることと、自分のやりたいことを秤にかけて、上手にバランスをとってきました。

 

平日のルーティンワークは、当たり前と思ってこなしてきました。

不本意であっても、今の私はやらねばならない、というMUST感が大きかった。

生計を立てるための労働は、労働結果が目に見える「強制的MUST労働」

 

でも・・・

届いているメッセージに応えるならば・・・

「まっとうしたい仕事」というのは、自分が心からやり遂げたいと願うこと。

労働結果は目に見えないけれど、私の心を喜ばせる「満足的MUST労働」です。

 

だから、今後、メッセージに沿って生きるのであれば、

自分が喜ぶことを仕事にしたい。

だから、目に見える状況で生まれる「MUST労働」の割合を減らしたい!と思うのです。

生活していく上で、スッパリとやめるわけにはいきません。

だから、抑える。

責任感や、そこから生まれる情に縛られてのMUST労働は、最小限に抑えたい、と思えてきたのです。

 

もちろん、お料理のクラスもMUST感がありますが、それとは違う、生きるための強制的なMUSTは緩めたいと思うのです。

こんな風に自分を許せるようになるのに、数年かかりました。

 

徐々にお金の不安がやってきて、

それでも甘えていたら、ある日ドーン!ときてしまい(^^;;

仕方なしに現実を受け止めて、それなりに節制して我慢して・・・

私には余裕がない、ということを意識することができた頃から、

以前、我慢していたことは「我慢ではなくて学び」と認識できるようになりました。

我慢ではないのならば、つらいことではない。

それならば、もっと生活レベルを落としてでも、心の欲することに重きをおけるのではないか?と思えるのです。

 

生きていく上では、生計を立てねばなりません。

黙っていてもお金はふってきませんから。

でも、自分のために生きる、という意味。

別の意味で捉えられたら、生計のために生きるだけではない、と思えるのです。

 

今の家に越して三年。

この家に越してから、地に足をつけて自分の力で生きる、ということを学びました。

中年の域にとっくに達していたと言うのに、恥ずかしい話です。

 

とにかく、最初は、生活のために働くことで精一杯でした。

不本意な仕事であっても、やらなきゃしょうがないでしょう。。。って気持ちで。

でも、その不本意さは、学ぶための序章であって、やっていくうちに答えが見つかるのです。

不本意でなければ、答えは見つかりません。

そうして、自分がなぜ不本意なことをしているのか?という理由に気づいて、

「あ~、なるようになっているんだな~。この道は通るべきだったんだ」

と、素直に認められて、自分が学ばなければならなかったことが答えとなって返ってくる。

そうして、自分のStudy noteにその答えを書き込むと、次のステージが待っています。

 

不思議。。。

一体誰が、私の人生ゲームのボードを作っているのか。

必ず、次があるのが面白い。

 

こうして、私はStudy noteに書き込み、書き込み・・・

ステージが変わり、今があります。

 

大切なメッセージ。

考えすぎ!と思われようが、自分が受け取ったと思うのならば、それを信じて次に進みたいと思います!

 

こうして、大きな節目があると、何かを捨てたくなるのです。

だから、本日、髪を切ろうと思います^^

 

 

一昨日の私。

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こんなに伸びちゃって~汗

 

父に会いたい一心で・・・

髪の毛を整えるためにお金を使うのなら、お見舞いに行く交通費に充てたい!って思ってね~(^^;;

健気な娘だねwww

(^_^)ヾ(^^ )ヨシヨシ

 

では、次回のブログでは新しい私で(≧∇≦)ノ 

 

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ここ二週間、仕事は休まず父の入院先に通い詰めていましたが、今日のお見舞いはお休み。

夕方、仕事に出かけるまでゆっくり過ごす一日。

安堵の気持ちで家にいられることは、喜ばしいことです^^

 

久々に自分のためにお料理しました。

トップの写真は、野菜室で瀕死の状態だったお野菜たちを煮込んでいるところ。

カポナータを作りました^^

出来上がり写真!!

 

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本当は、実家近くで買った鶏卵を使ったオムレツのソースにしようと思ったの。

この鶏卵、けっこうなお値段。

でも殻に羽毛がついていて、産みたてって感じ。

 

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トマトも実家近くで買いました。

農家直送の小さなトマト。

甘味があってフルーツトマトのよう。

 

でも、あまりもののお野菜で作ったものの、出来上がりが美味しすぎてww

主食にしてしまいました。

かなりのお野菜の量だったので、チーズをかけて食べたら満腹になりました。

 

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お野菜も喜んでいることでしょう^^

 

私たちが口にしているもの。。。

彼らは食べられるために生まれてきたのか・・・

私にはわかりませんが、人間世界では食物と呼ばれるモノたち。

もしも、人間に食べられるために生まれてきているのなら、私は食べ物の恵みに感謝して美味しく食べたい。

美味しく食べるためには、美味しく頂けるようお料理したい。

お料理の仕事を始めてからは、そう思いながらお料理しています。

 

これは、湘南に住まうお友達のさきちゃんが、先日のお料理クラスに差し入れてくれたサザエ。

朝の獲れたてサザエ!

 

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壷焼きは海の近くの飲食店で食べられるでしょうから、私はイタリアンで。

茹でて、九条ネギとタケノコでペペロンチーノ。

 

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新鮮だったので、アワビのような食感!

サザエってこんなに美味しい貝だったの???

 

久々に「あ~、美味しいものを頂いた!」って気持ちになりました。

自分で作ったものだけど(^^;;

素材がよかったからだろうね^^

 

タケノコは自分で茹でたもの。

前回の投稿にも書いたけれど、茹でたてタケノコ、本当に美味しくてheart

主婦暦が長かったくせに、今頃気づいたのか?!(゜Д゜) 

と恥ずかしくなるけれど(^^;;

市販のタケノコ水煮はもう食べられません。

今日も朝からタケノコを茹でました。

水に浸けておけば、十日近くもちます^^

硬い部分は千切りにして水に浸けて炒め物に使おうかな、と。

この保存用のお水、水道水はNGですng

美味しいお水を惜しみなく使います。

美味しく頂くためにね^^

「美味しかった~」って言いながらからだに収めると、とても良いエネルギーになるんじゃないかな。

美味しかった!って言うためには、工夫しなきゃ。

 

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などと、、、

久しぶりにのんびり過ごす喜び。

普通の生活がどんなに有り難いことか身に染みます。

 

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元をたどる

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(〃´o`)=3 フゥ

一週間が終わった。

一ヶ月のようにも思えるし、一日のようにも思える。

 

写真は、今月二週続けて訪れている浅草の待乳山聖天。

昨日も雨の中参拝に行ってきました!

 

ご無沙汰してしまっておりますm(_ _)m

 

コンピューターの前に座る時間がありませんでしたcoldsweats02

朝起きたら、着替えて出かけ、

帰るとソッコー寝る。

そんな日が続いていました。

ここのところの私のエネルギーチャージは睡眠でした(ΘωΘ)o.。o○グー

 

残念ながら、食べることは二の次で(^^;;

「これがお料理を仕事としている人の食事?( ̄д ̄) 」

ってくらい、ひどい食生活。。。( ̄□||||!!

昨日は、母の味が恋しくなって、、、

「お母さーん」

って、思わず空に向かって叫んでしまいました(^^;;

母の料理が食べたい!!

 

今日の夜ご飯は、久々に和食でも作ろう。

お魚の煮つけがメチャ食べたい!(※写真はいつぞやの私の食事)

 

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さて。。。

今日は、久々にカフェオレ飲みながら通常の日。

でも、もう少ししたら、明日のクラスの買出しに出かけねば。

 

明日は、アンコールメニューのクラスです。

明日のアンコールは、お出汁とりのクラス。

 

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お椀に鴨肉の皮を使うのだけど、前に売っていたお店になくて、今、アチコチ電話して探してます。。。

どこにあるかな~。。。

 

いやいや。。。(〃´o`)=3 フゥ

怒涛の日々を送っていました。。。ってよく書いているけど、

今週、先週ほど慌しかった週はないかも。

 

たくさんの学びを得てます。

得てます・・・って現在進行形。

 

素晴らしい経験をしています。

 

神様はいらっしゃるんだな~って感動の日々。

見ていらっしゃる!って確信できたし、

見ていらっしゃるからこそ、私は強くなれるんだ、と感動。

 

ブログにだか、FBだか、どちらに書いたか忘れちゃったけど(^^;;

「困った時の神頼み」

ではなく、困っていない時でも、しょっちゅう神様にご挨拶に伺っていれば、

その人が困った時にはご贔屓してくださるんじゃないか?って思います。

神様は平等なのでしょうが、信心深い人の方をよく見てくださるのではないか?と思います。

 

おとぎ話の世界かな?(^^;;

でも、私はそういう世界観を大いに持った人間なので。

幸せな人間なのかもしれません。

 

はたから見たら、「またか~(-_-;)」って笑われそうですけどw

 

でも、大切なのは・・・

小さな喜びでも、元をたどること。

自分がこうしたから、こうなったんだ!ってところまでたどる癖をつける。

逆もあって。

哀しいこと、傷つくことがあったら、元をたどる。

ああ、こうしたからこうなったんだ、って反省すれば、これで一つの学び。

次に生かすことができる。

 

元をたどるって大切な作業なのですね。

 

実は、たった今、私に小さな喜びがやってきました。

\( ~∇~)/ エーーーッ!!upupマジ~sign02って。

小さな喜び。

 

元をたどれば、何かのギフトなのかな~って思えるんです。

今朝、起きる直前に夢にみたことが、現実になった、ってだけのことなんだけど、

その夢をみたな~ってところから、元をたどってみる。

それは、心に欲するものがあるから夢に出るわけで、

それを引き寄せたのかな、と思えます。

 

マグネティックロジック。

 

いつか、こんなタイトルでお話を書いてみたいな~って思いますが、

マグネティックロジックで大切なことは、深く考えることです。

勉強をしなさい、とか、頭脳明晰になりなさい、ということではありません。

たくさんの眼を持って、実際に見えないものを見ることで考えを深めるのです。

 

おっと、

出かけなきゃ!

鴨肉の皮、今日中にGETしなくちゃ(@Д@; アセアセ・・・

 

では、元気に行ってまいります!

私が元気だと、私のエネルギーが放出されるから^^

私のエネルギーはやわらかいと思うので、そのエネルギーを感じられる方は癒されると思うんですよね。

って!

自画自賛www

 

はーいheart

そんなわけで、エネルギー満タンにしておきますねheart04fullheart04

 

明日のクラスメイトさんたちにも、エネルギー分けますよ~up

 

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心の眼

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9時半ナウ。

 

本日、11時半~Class A's Kitchen。アンコールメニュークラス。

準備はほとんど整い、これから私の身支度。

 

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ほぼ毎日、参拝に行ってますが、今日は残念ながら時間がなくて、家の神社にてお祈り。

家の神社???

(゜Д゜) ???

 

笑、笑、、

 

家の神棚です^^

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ウチにいらっしゃる方々が「心地いい」とか「ずっと居たくなる」と言うのは

家に神様がいらっしゃるからなのかな~と思います。

私が愛情を注いでいる家なので、家の神様がいらっしゃるのかな。

 

神様からのメッセージが届いています。

 

嘘みたいだけど、届いているんです。

 

日々、参拝に行って、素直な心をさらけだし、心から純粋な祈りを捧げていてよかった。

きちんと受け取りました。

 

だから、私はしっかりと前を見て歩きます。

 

今日も歩きます。

 

自分を信じて。

自分の内なる目をしっかり見開いて、

視覚で感じる映像は、視覚の映像として捉えますが、

私の心の眼はしっかり開きました。

だから、その心の眼を信じて歩きます^^

 

私の心の眼は、別のことを信じなさい、と言っています。

奇跡が起こる時は、その別の眼を信じる心があるからだ、と言っています。

視覚で得られる情報は、事実なので、それは別に置いておいて、

自分を信じなさい、と言っています。

心の眼がね^^

 

では、お支度してきまーす♪

 

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勇気凛々

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写真は、3歳くらいの時に乗った遊覧船。

この船の中で、幼い私はペプシコーラをこぼしました。

後々、母から語り継がれた私の失敗でもあり、可愛らしい私の思い出。

 

これは、今週の写真です。

深夜思い立って、高速バスの時刻を調べて、翌朝、バスに飛び乗り、行ってきました。

夜は仕事があるので、とんぼ返りで。

 

 

今週は怒涛の日々でした。

「こうしよう!」と思ったことは、からだの疲れなど考えず、行動に移しました。

「こうしよう!」と響く時は、私の潜在的な存在からのアナウンスなのです。

だから、躊躇せず、未来の自分の体調など考えずに貫きました。

 

 

反省は大いに結構、でも、後悔はするな。

 

これは、在家の尼さんだった友人のお祖母さまの教えです。

疲れて体調崩して反省することはあっても、やらなかったことの後悔はしたくなかった。

 

でも、忙しかったわりに、今日は肩こりがつらいくらいで元気です!

明日のお料理クラスの準備にこれから出かけるところ。

 

その前に・・・

氏神様参拝も忘れずに^^

 

ではでは、

行って来ます!

 

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いい響きだな~

元気になれる。

 

日々、勇気凛々な私で^^

自分が元気ならば、先の先の答えが見えてくる。

これは、実際に視覚を使って見えるものではないのです。

使うにはとても難しい感覚。

元気がないと、不思議な力は活性しません。

目に見えることに惑わされませんよ~

私は負けません^^

 

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「心の目が育つ時」の続きなので・・・

目の写真探そうと思った矢先に出てきた私の写真。

4年ほど前の写真だけどw

この時、泣いていたんだよね。

なぜこんな写真撮ったのか、まったくおぼえていないんだけど(^^;;

ありのままの自分を表現したかったのだと思う。

 

さて、「心の目が育つ時」と題して一話書きました。

 

これこれ!>>「心の目が育つ時」

 

そして、その補足をする前に、もう一話読んでほしい、と言ってこちらを書きました。

 

それがこれね!>>「んだんだぁ~」

 

で、、、

続きを書こうと思ったんだけど、

どうして、「んだんだぁ~」って投稿を間に入れようとしたのかわからなくて(^^;;

 

意図があってやったことなのに、わからない!爆笑

 

アホだわ~ww

 

まあ、いいねw

今日のタイトルは「補足」となってるけど・・・

あの時、書こうとしたことが思い出せません(^^;;

 

アホ!ってことでよろしくお願いいたします。w

 

どうして思い出せないのかというと、私はすごいスピードで成長しているからです。

自分の成長の証として、記録を残そうと思ったのだろうケド、

その記録は上書きされてしまったゆえに、消されたデータが思い出せないのでしょう。

 

上書き、上書き・・・

ここのところ、いろんなことが早くて、心が追いつかない。

だから、いちいちデータを記憶しておけないのでしょう。

上書きして次に急がなくてはいけないのでね。

 

急ぐ?

何で?(゜Д゜) ?

 

私にもわかりましぇん(爆笑)

 

42歳のお誕生日に「50歳だよ~」って声がしたので、そのために急いでます。

その50歳だよ~ってのも、何が何だかわかっていないのですがw

 

あたくし。。。

今年は50歳なので・・・!!( ̄□||||!!

 

ここのところ、かなりの頻度で参拝に出かけているのですが、

何気なく神様に伝えたことのお返事が、いろいろな形で伝わってきます。

「え~!うそ~!」

ってことが、起こったりもします。

ミラクルは起こるんだな・・・って、涙がちょちょ~っと出てしまうくらい。

 

これは、普通にしていたら受け取れません。

そして、何も、お金が天から降ってきたりするわけではありません(^^;;

心の準備が整っていれば、不意に思いの中に現れるか、自分以外の誰かからの言動で現れます。

普通にしていたら、ただの自分のひとりごとや、他人の意見や行動にしか映りませんから。

 

では、心の準備はどうやって整えるのか・・・

私は長い年月をかけてここまできたので、一言では話せないのですが・・・

だって、たぶん、私が子供の頃の話も含まれると思うので(^^;;

 

とにかく、参拝に行くようになってから、私は変わりました。

強いて言うのならこれかな。

強いて言っているので、これだけって決め付けないでくださいね^^

私は、ただ、参拝に行ったから変わったのではなく、

その前の私の経験の積み重ね、心のあり方の変化も深く関係しているのです。

参拝に行くようになって、心が整ってきた、っていうのが大きいだけ。

過去の事実は、心を整える上でとても大切な流れです。

だから、一言で片付けられないのです。

 

参拝は、「棚からぼた餅」的な気持ちで行っているわけではない、、、と以前にも書きました。

私は、心を清く美しく保ちたいだけなのです。

その「清く美しい心」の基準は自分の秤です。

世間の言う「清く美しい」心になるのならば、私は行動や発言を抑制されて苦しくなることでしょう。

だからこそ、自分の中で納得できる程度の「清く美しい心」を維持するために、参拝に出かけるのです。

イイコになるために参拝に行くのではありません。

自分のために、、、です!

 

さて、言い訳は終了して。。。(゜ー゜;Aアセアセ

 

私は、今、とても心の状態がよいので、どこからかのメッセージを受け取ることができるのですが、

以前の私だったら、けっこう難しいことだったかもしれません。

この、メッセージを受け取れるようになるには、訓練が必要だし、柔軟な思考が大切です。

訓練とは、経験から成る心の鍛えの数々。

私は、訓練してモノにするために、大波にのまれに自ら向かってきました。

そして、溺れても助けを求めずに、自分で大波に打ち勝てるまで、嵐の訓練は続きました( ̄Д ̄;;

時々、助けを求めて波に負ける時もありました。。。

でも、それも訓練のひとつ。

波に負けないようにするにはどうすればいいか、ということを常に作戦練ってこられたから。

作戦は必要です。

 

大波に打ち勝つには、勇気、辛抱、柔軟な思考、前向きさがキーです。

そして、五感をたくさん使えること!

このあたりは、当たり前にわかっている方は多いと思うんですね。

私は、これプラス、余分なものを排除すること、を推奨しています。

 

さてさて、

私は、以前から、なんとな~くメッセージを受け取ってきたわけだけど、

今思うには、受け取り方が正確ではなかったのではないか、、と思えるのです。

それは、上述のキーポイントがわかっていても、余計なものが私に張り付いていて、それが第六感の邪魔をして、メッセージを正確に受け取れなかった・・・

・・・のではないか?と思います(^^;;

仮想なのでスイマセン。

 

今は、驚くことに・・・

「GETした!!!」って思っても、違っていれば「違いますよ」というメッセージをいただけるんです。

これ、すごいことと思うんですよね~

思い込みが激しい人が(私ねww)「違ったんだ!」って気づくことは、倍の労力必要です。

一旦ニュートラルにしてから、新たにメッセージを得るわけだから・・・

目的地に着いたのに、持ち物が間違えていて、また家に帰って、目的地に向かうような距離感。。。

しかも、持ち物が間違えていることに気づかず、勘違いのままやり過ごしていたら・・・

ことはスムーズに進まないでしょう。

 

余計なものが多ければ多いほど、持ち物の間違いに気づくのが遅くなる。

バッグの中身は本当に必要なものだけにしておけば、間違いの発見が早い。

「これが必要かもしれないし~」と入れておいても使わないことが多い。

必要なものは、すでに入っているはずだから^^

 

そうして、最近の私は、いろいろなことを整理し始めたのです。

それは、心の整理整頓。

 

そんなわけで、整理整頓すると同時に、心に登場する様々な思い、学びは、次々に上書きしてしまっています。

データを保存していると、空きスペースが作れず、いいものがあってもキープできませんから。。。

 

というわけで・・・

上書き人間になりつつある私。。。

いろんな声が響いていて、ブログも支離滅裂になるかもしれないけど(^^;;

 

って、、、

今日のブログがその支離滅裂系ですな。。。

 

意味不明でごめんね。

 

Akeming。

んだんだぁ~

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赤坂氷川神社のご神木。

大木にさらに他の木や葉が生えていて、美しい共存。

私もこんな太い幹となり、たくさんの方と繋がることで、心の共存を望みますsign03

 

さて、前の投稿では、眼が病気になったことで、心の目を鍛えられた話をしました。

 

こちらからお読み下さいませ>>「心の目が育つ時」

 

その後に続く話をする前に、今日の投稿を読んでくださいね。

 

まずは、本日の格言からw

「んだんだぁ~snail

 

最近の私のブーム。。。

心がほっとする励ましの言葉なのです^^

 

ある日の私のストーリーを聞いてくださいね。

 

ある日、夕方の時間にさしかかるチョット前。

「そうだ!参拝に行こう!」

そんな声が響きました。

 

私は参拝は16時前までに、って決めています。

霊媒者の先生やいろいろな方からご注意を受けておりまして。

「神社とはいえ、夕方暗くなると、悪い輩がやって来るから、できれば夕方の参拝は避けるように」と。

 

時計を見たら、短針はもうすぐ四。

慌てて出かけたので、ノーメイク、ノーブラ(笑)

そして、帽子を目深にかぶり、コートを羽織って出かけました。

ポケットに硬貨を一枚だけ入れて。

 

私は、氏神様までの道を導かれるように走っていきました。

報告したいことは特になかったのだけど、呼び出されたような気がしてならなかったのです。

 

そうして、神社に到着。

帽子をとって、鳥居の前で一礼。

手水舎で手を洗い、口をすすぎ、わくわく感でお賽銭。

祝詞を唱えて、二礼、二拍手、一礼。

さあ、やっとここから神様との交信です。

自分の口から何が出てくるかもわからない状態。

 

そうして、集中して言葉を選ぼうとした時!

 

宮司さんが自宅兼社務所から出てくる扉の音がしました。

ガラガラ。。。と。

 

私がウチの氏神様を好きな理由は、人気がなくて静かな環境なところ。

いつ行ってもほとんど参拝者がいないので、落ち着いて静かに祈れるのです。

 

宮司さんは、神社内にいる何かの業者に向かって大声で話し始めました。

なにやら、スケジュール的な伝達のようなことを大声でやり取りしています。

 

私は、急に集中が解かれ、少々、不快な気持ちになりました。

大声で話しているので、「( ̄д ̄) エー」って感じ。。。

せっかくの祈りの時間なのに邪魔しないでほしい、って気持ちでした。

宮司さんなのに、どうして、私が静かに祈っている場面に気づかないんだろう・・・

そんな苛立ちがありました。

 

だって、本当に、ガチャガチャうるさかったんです(≧◇≦)

 

それなので、仕方なく、耳をふさいで集中しました。

 

私の祈りが終わったと同時に、宮司さんとどなたかの大声のやり取りが終わりました( ̄□||||!!

 

参拝の時間帯、間違えたかな。。llllll(-_-;)llllll

 

宮司さんとすれ違う時、帽子をかぶりました。

しかも、挨拶もせず、神社を去りました。

いつもなら「こんにちは~」と元気に挨拶するのですが、この日は、イラっときていたせいで宮司さんに挨拶せず。。。

 

ところが、神社の階段を降りたところで、「バカ!」って声が( ̄Д ̄;;

「どうして、宮司さんに当たるの?彼には罪はない。挨拶くらいしなさい!」

 

私の中のどなたかが私を叱りました。

Someone scolds me!

 

引き返そうかと思いました。。。

 

でも、その時、ひとつの学びが生まれました。

 

「明美よ、小さなことで腹を立てるな!

それぞれに都合ってものがある!

それぞれの価値観の違いがある!

それぞれの性質がある!」

 

そーだよね。。。(-_-;)

宮司さんの都合があるんだよね。

それに、宮司さんの性格もある。

ウチの氏神さんの宮司さんは、ノンキなお方なんだもの・・・(I know...)

自己チューだったわ、、、反省。

 

神様の啓示だったのね(^^;;

了解でございます。。。

 

これからは、どうでもいいことで腹立てませんheart

誓いますshine

 

そう思った途端、、、

急に私の中で響いたのが、

 

「んだんだぁ~」

 

(  ゜ ▽ ゜ ;)エッ!!なに?

 

方言で「そうだ、そうだ」って言うのを「んだんだ」って言うでしょ。

それです。

 

とーってもほっこりくる響き。

んだんだぁ~

 

その一言で自分の非を許せる。

他人の非ではありません。

自分が反省した後の、まとめの一言です。

それは、動揺する我が心を整えるためのメソッドなのです。

反省している時ってちょっぴり苦しい。

そんな自分を励ますまとめの一言。

 

んだんだぁ~(それでいいのだ)

 

しかし、、、

どこから聞こえてきたのでしょう(^^;;

そして、どうして、その方言が・・・?!

 

理由は追いません。

自分の心を整えられる術ということだけでOKです。

 

後にジュリアちゃんに話したら、大笑い。

いまや、二人の日常会話に登場率の多い言葉となり、ほっこりしっ放し!笑

 

それからというもの、、、

焦ったり、腹立ったり、反省したりすると、、、

 

「んだんだぁ~」

 

と言って、自分をなだめるようになりました(爆笑)

 

でも、ほっとするんだよね^^

 

皆さんも試してみて♪

 

例えば、、、

誰かを叱りたくなった時、

誰かに文句を言いたくなった時、

 

一旦飲み込んで・・・

 

我慢した自分に対して、

「んだんだぁ~」

って心の中で唱えると、いきなりからだの力が抜けて、リラックスできます。

 

「んだんだ、ま、いっか!」って思えて、

相手を叱ることもなく、文句を言う場面も消えます。

リラックスすると、怒ることよりもいいアイデアが急に出たりして^^

 

言葉を飲み込むことで、決してあなたが損をしたわけではありません!

逆に得をするんですよ!

怒りや不満が言葉に換わらず、んだんだぁ~が吸い取ってくれたことで、

負のエネルギーを口から発することなく、終わるからです。

負のエネルギーは知らず知らずのうちにからだにたまっていくので、

「んだんだぁ~活動」をすることは、身も心もクリーンにするということでお得なのです。

 

応用編。

人間関係で悩んでいる時も・・・

 

生活していく上で解決しなくてはならないこともあるでしょうが、

んだんだぁ~って唱えると・・・

不思議不思議!

「ま、いっか。悩んでもしゃーないし。映画でも観ようかな」

なーんて、空気がかわったりもします。

そうすると、さらに「んだんだぁ~、リラックス、リラックス!」って返ってくるw

 

最終的には、思い切って決断してやらねばいけないことも出てくるでしょうが、

「んだんだぁ~、それでよかったの!えらいぞ、自分!」って自分を励ませますww

そして、「えらいぞ、自分!」って言った後にも

「んだんだぁ~」(爆笑)

 

何時も、んだんだぁ~はあなたの味方w

すべてに対して励ましてくれる優しい言葉。

しかも、適当な感じがいい(笑)

 

「( ̄д ̄) エー、そんな気の抜けた返事で、、、本当にいいと思ってるの?」

って思っても・・・

答えは・・・

「んだんだぁ~」

 

爆笑でしょ!

 

これでいいんだってば!

ね?

 

んだんだぁ~笑

 

外国語で言えば、、

「ケセラセラ」???

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Akeming。

心の目が育つ時

| コメント(2)

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昨日のあたくしです。

元気そうですが。。。

 

久しぶりの投稿です。

忙しかったわけではありません。

 

実は、体調崩してました。

からだがしんどくて、ブログが書けなかったのです><

ブログどころか、コンピューターも開けるのが億劫で、メールの返信を書くので精一杯。

 

火曜日の朝、ビミョーなからだの変化に気づきました。

普段だったら気づかない微妙なサイン。

 

こりゃ、やばいかもしれない><

 

自分の今後のスケジュールが頭の中を駆け巡りました。

この週は二回もランチの約束があり、

あと、お菓子教室、週末のクラスの買出し、、、

仕事は普通に毎日あります。。。

そして、土日はクラス。

日曜日は、定員を超える人数、、、

体力勝負なのに!

 

夕方仕事に出かけるまでは横になりたいな~と思ったのだけど、

この日は、一度キャンセルしたランチの約束をこなす日だったので、再度キャンセルするわけにいかず。

ビタミン剤を大量に摂って、いや~な予感を抱えて出かけました。

 

P2185409.JPG

 

もちろん、アルコールは控えた方が無難。

水ですww

 

体調は徐々に悪化。

今になっては、この時頂いたお料理の味が思い出せません。

 

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慌ててにんにく注射をうって仕事に臨んだけれど、体調が戻ることはありませんでした。

つらかった。。。

 

幸い、インフルエンザではなく、からだを休めることでよくなる、とDrに言われました。

なので、仕事を休んで静養。

お菓子教室もキャンセル、

銀座ランチは、土日のクラスのための体力温存を理由にキャンセル、、、

 

週末のお料理クラスまでに治さないと!!impact

 

そう焦りつつ四時間もお昼寝して、夜も9時前に就寝。

なんと、12時間も眠り続け。

朝起きたら・・・

 

( ̄◇ ̄;)エッ

 

なんで?!

どした、どした???

 

目が開かない!!..・ヾ(。 ̄□ ̄)ツ ギャァ!!

 

鏡を見たら、お岩さんのように腫れていたのです。。。( ̄□||||!!

ヒドイ顔。。。。・゜゜・(>_<;)・゜゜・。

 

慌てて眼科へ走りましたε=ε=ε=ε=ε=ε=ε=ε=ε=ε=(;-_-)/

 

その前に、氏神様へ。

目が腫れたこと、とてもこわかったのです。

 

へんなことを言っちゃいますが・・・

眼の病気になったこと、悪いものを見ちゃったからなのかも!って思えて><

実際に何かを見たのではありません。

最近の私は敏感で、目に見えないものが感じられてしまうことが多々あるから、

目に見えないドロドロした私の苦手なものを、心で受けずに眼で受けてしまったような気がしたんです。。。

 

こわくてこわくて・・・

氏神様の手水舎の水でまず眼を清めました。

そうして、お祈り。

「神様、こわいです><

でも、この不可解な悪のような何か・・・目に見えないし言葉でも説明できないけれど、

これが、世の中からなくなりますように願います。

皆が、色々なことに気づいて、それぞれが人としての道をゆけるよう、私は祈り続けます」

 

確かそんなことを祈りました。

眼から涙がこぼれ・・・

眼帯をはずした私の腫れた目を神様の御前にさらけ出して泣きました。

 

何か重くて大きなものがもくもくと黒い雲のように浮かんでいて、

私は本当にこわかったのです。

まるで子供がお化けをこわがるような怖さ。

目に見えない何かに怯える子供のような私でした。

 

でも、腫れた眼から涙を流すことで、私の心は晴れました。

 

そうして、眼科へ向かったのです。

 

眼の病気は、流行性結膜炎でした。

2日後にお料理クラスが迫っている旨、先生に話しました。

「奇跡的に明日治るかも知れないけれど、まず無理だし、反対側の眼に移っている可能性もあるから、中止にした方がいい」

と忠告され・・・

 

。・゜゜・(≧д≦)・゜゜・。エーン!!

うそでしょう?!

インフルエンザではなくてほっとしたのもつかの間。。。。

今度は流行り目?!( ̄■ ̄;)!?

 

なんてこと?!

初めてのクラスメイトさんもいらっしゃるというのに><

 

でも、お医者様は、責任持てないような発言はしません。

とても慎重に言葉を選びます。

なので、私はすぐに医者の弟に連絡しました。

弟ならば、本音を言ってくれる。

 

が、しかし。

弟も「土日のお料理教室はやっちゃだめだよ。移す可能性はあるよ」と。。。

 

( ̄Д ̄;) ガーン

 

つらかった。。。

クラスメイトさんのやる気を私がぶった切った感覚。。。

「切った」ではなく、雑な表現だけど「ぶった切った」って感じ。。。

 

この土日はクラスは中止。

振替日を来月に作ったけれど、都合の合わない方も数名いらして。

本当に哀しかった。。。

 

自己責任です。

もっとからだを労わらなければいけなかった。

「幸せな馬車馬」なんて言っていたけれど、

馬車馬は健康でなければいけません。

病気になったら走れない!

 

反省しました。

 

さて、

眼科の先生に「最低一週間はかかります」と言われた私の眼。

 

なんと、翌日、私は仕事に出ていました。

お昼過ぎまでは腫れていたのに、夕方、ふと鏡を見たら、腫れが引いているではありませんか!!

あと一週間かかる、って思っていたので、まさか?!

 

\( ~∇~)/ エーーーッ!!

あり得ないけど、もしかしたら、治っているのかも!

 

そう思ったので、慌てて眼科に駆け込んだのです。

そうしたら、一週間どころか一日でほぼ治っていたのです。

 

治っていると知ると、職場を放っておけず、さむーい夜に出かけることに。

この日は、特別寒かった、、、

久々にお風呂に入り、髪を洗い、「寒っ><」って思ったけど、

「行きます!」と言ったらからには、意地でも行かないと。。。

この日もお休みをいただいていたので、家で暖かくして静養していればいいのにね(^^;;

体力も落ちていたし、寝ていればいいのに。。。

そういう私は「ズル」に思えたのです。

風邪は治りかけだったので、休んだって「ズル」にはならない。

でも、からだは、職場へ向かっていました。

ちょっと肌寒くて「ぶり返したらアホだわ~汗」と少々後悔しながらも、心は晴れていました。

 

「これが私なんだわ~」

なーんて、自分の行動が納得できて、うれしく思いました。

仕事を終えて、帰路につきながら、凍えそうなくらい気温が下がった街の中を歩きながら、笑っちゃいました。

 

「これがワダス!」

笑、笑~~

 

さて、まとめです。

 

実際、眼は感染症にかかり、視界が妨げられ不便な思いをしました。

本も読めない、

メールがうちづらい、

コンピューターの画面を見る気になれない、

眼帯していると平衡感覚がなくなるからじっとしているしかない、、、

 

普段、眼で得ている情報が入らなくなると、

心の目が育つ。

 

実際の眼は見えなくなったけれど、目に見えない大切なことを得たような気がします。

うまく説明できないのだけど・・・

心の目が育った感があります。

空からメッセージがたくさんやってきて、あたふたしちゃいました(笑)

 

とっても大切な一週間でした。

 

今回のこと、補足があるんです。

でも、補足する前に、別のことをお話したいと思います。

 

 

次に続く。

 

Akeming。

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メッセンジャーAkeming@カウアイ島
 
 
前回の投稿は、この写真で〆ました。
 
この頃・・・
 
ハワイと東京を行ったり来たりしていた頃。
 
ハワイで何をしていたか、というと、
 
海に行くのが目的でした。
 
ナビゲーターのMPと、ハワイ諸島のいろいろなビーチを巡りました。
 
そうして、ハワイの海に向かって「神様、私は神様のお使いがしたいです」とお願いしていました。
 
純粋な気持ちでそうお願いしていました。
 
 
 
hinahina.JPG
 
果たして、神様のお使いをしたい!という願いは、届いたのでしょうか。
 
 
 
さて、その後、私はがんになり、、、
 
ハワイで治す!と決めたものの、ことはうまく運ばず、結局は東京の病院で手術しました。
 
がんが見つかった頃から、なぜだか、ハワイは私からどんどん遠くなっていきました。
 
がんを克服して、新たな命をいただいた私は、心の旅に出る日がきたのでしょう。
 
健康祈願として、その後、数回ハワイに渡りましたが、
 
最後にハワイの地を踏んだのは、2010年12月。
 
ハワイでエネルギーチャージができなくて、まるで中毒のようにハワイを欲する日々が続きました。
 
でも、いつの間にか、ハワイに依存する自分は消えました。
 
私は、ハワイのエネルギーがなくても、自家発電でエネルギーを生み、強くなれました。
 
これでよかったのだ、と思います。
 
こうならなければ、私はいつまでも楽園に依存し、前に進む速度が遅くなっていたでしょうから。
 
 
 
 
前置きが長くなりました。
 
いつものことだけどw
 
 
 
やっと本題。
 
「あなたの死を慈しみます!」を〆ます。
 
 
 
まずは、「序」をお読みください。
 
 
 
 
 
「死を慈しむ」って表現は、私の作りました。
 
実際は、不意に出てしまった台詞なのですが、「あれ?国語的に間違えているかな?」と思いました。
 
一般的には「目下を慈しむ」とか「子供を慈しむ」と言います。
 
死を慈しむって、一体、どういう意味?
 
誰が使う??ww
 
 
It's me!
 
σ( ̄∇ ̄;)わたし。
 
 
 
夫の死を考えると、私はその事実を「慈しむ」としか表現できなかったんです。
 
愛しいに近い表現。
 
家族の死を愛しいだなんて、ちょっとへんだけど(^^;;
 
まあ、聞いてください。
 
私は、夫が亡くなったという事実がトラウマとなり苦しんできたのです。
 
その苦しみを抜けた今、心がズタズタになった哀しい過去が有り難く思えるのです。
 
その苦しんできた一日、一時間、一分、一秒が愛しい。
 
苦しんだ時が愛しい。
 
だから、慈しめるのです。
 
いろいろ類義語調べました。
 
ところが、様々な単語は私の心に響かず。
 
 
 
ネットサーフィンをしていたところ、たどり着いたページに、こう書いてありました。
 
「慈しむというのは、相手の痛みを我が痛みとして考えること」
 
「相手が求めていることを自分が悟ることが慈しみです」
 
 
かわいがること、イコール、慈しむではない、と私も賛同できました。
 
なので、慈しむ対象を「人」にしなくても、「事実」を対象としてもいいのではないか、と思いました。
 
私にとって、言葉は生き物ですから。
 
慈しむ、という言葉は、私の言葉にならない思いを通して、私流に新しい言葉に生まれ変わりました。
 
 
 
前の投稿でお知らせしましたが、
 
私は、2月13日発売の女性週刊誌で、亡くなった夫のことを語りました。
 
夫の死を慈しみながら、週刊誌の記事の補足をして、このタイトルの投稿は終わりにします。

 

では、

「どうして、私が、夫の死を慈しめるのか?」というところを書きますね。

 

夫は40代半ばでこの世を去りました。

まだまだ楽しいことがたくさんあったのに、早過ぎました。

でも、早かったとはいえ、彼は彼の人生を生き抜いたのです。

 

彼がこの世からいなくなったこと、とっても苦しかった。

苦しかったのは、私の魂がまだまだ子供だったから。

私は、自分が夫を殺したようなものだ、と自分で自分を責め続けていたのです。

だから、苦しみの半分は「恐怖」に近い気持ちでした。

 

ところが、、、

夫が亡くなって、二年後、空からある台詞が響きます。

 

「あなたのせいじゃないよ。彼は彼の人生を生きたんだよ」

 

三回忌の時、お坊さんがお経をあげる中、空からそんな声が降りてきたのです。

私は、妙に納得できて、お経をBGMに滝のような涙を流しました。

例えられない涙の種類。

嗚咽を堪える、号泣する、しくしく泣く、ぽろぽろと涙をこぼす、、

いろいろありますが、あの時の涙は滝でした。

心につまったものが、滝になって流れていったのです。

 

ずーっと、哀しくて、私が苦しんだこと。

それは、夫が亡くなった事実。

家族が亡くなったことは哀しくて当たり前です。

でも、私はそれプラス、その事実が苦しかったのです。

 

三回忌で、夫は夫の人生を生き抜いたことに気づいた数日後、、、

夫の夢をみました。

起きたら、私の顔は涙で濡れていました。

夢ははっきりおぼえています。

まるで現実のようなシーンだったので。

 

私は家で電気の配線をしていました。

でも、そういうオトコ仕事はよくわからなくて悪戦苦闘。

そうしたら、夫がやって来てオトコ仕事をやっつけてくれたのです。

私はぽろぽろと涙をこぼして言いました。

「パパ、どうしてここにいるの?」

だって、私の中では彼はこの世にいなくなった人。

夫は無言でした。

「どうして死んじゃったの?どうして死んじゃったの?」

私は、そう問いながら号泣しました。

 

そうして、目が覚めて。

現実の世界でも私は泣きました。

泣いた後で、心の中のどこかが空っぽになっていました。

いつもそこを占めていたものがスッカリ消えていたんです。

 

三回忌で空から聞こえた台詞。

「彼は彼の人生を生きたんだよ」

その台詞に私は救われたのです。

そうして、夢に現れた夫。

夫は私に何か言いたかったのかもしれません。

その夢をみた日から、私は少しずつ変わっていきました。

 

夫を亡くしたことで、私の心は病んでいたのです。

でも、大丈夫。

三回忌を越えたところで、変われました。

 

家族で住んでいた街に行けるようになった。

夫の葬儀に流したジョーサンプルがまた聴けるようになった。

お墓参りに行くと笑顔になれた。

 

二年で救われ、

彼の死に意味を見出し生きるようになり、

今は、その事実を慈しめる私になりました。

大切な大切な事実。

だから、哀しい事実とはいえ、慈しめるのです。

 
 
長かったのか、短かったのか。
 
いつの間にか、彼がいなくなって9年の月日が経とうとしています。
 
夫の命日は来月です。
 
 
 
まだまだ書きたいことがあるけれど、とりあえずは発売を待ってから^^
 
反響があることを願います!
 
私は、たくさんの人に伝えたいことがあるので。
 
 
 
神様~
 
よろしくお願いいたします。
 
 
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Akeming。
 

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昨日は、2月マンスリークラスの1st dayrestaurant

 

やっとお料理写真を差し替えられた!

イチゴのムースは試作後に作り方を変更したので、新しい写真がなかったのです(^^;;

最初、スポンジを焼いてその上にムースとゼリーと思っていたのだけど、

クラス時間内では冷やし時間が確保できず、ムースとゼリーがずれてしまう。

私の通っているお菓子教室の先生に相談したら、グラスに流し込む方法を勧められたので変更。

作る側も、グラスに流し込む方が楽なのよね。

 

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昨日の模様は、Class A's Kitchen。のページに掲載しました。

 

Classの日々>>>「Class A's Kitchen。マンツーマンレッスン?」

 

昨日は、マンツーマン・・・というか・・・

クラスメイトさんがお一人だったのです(^^;;

(集客がんばらなきゃねー、明美さんww(゜-゜;)ヾ(-_-;) オイオイ...)

 

でも、お一人でもやりま~す^^

私がお料理クラスを主宰している目的はお金儲けではありませんので^^

 

たくさんの方に、私のやっていることを見てほしいのです。

文字や実践で習得するようなことではないので、情報生活に慣れている方は戸惑うかもしれません。

「(  ゜ ▽ ゜ ;)エッ!!明美さんを見てどうなるというの?」

って。。。苦笑

 

でも、きっと繰り返し繰り返し私を見ていれば、ある時・・・

「Σ(〃゜ o ゜〃) ハッ!!こういうことなのね」

とわかるかもしれません。

 

ウーン (Θ_Θ;)

もっとわかりやすく説明したいところだけど・・・

 

作家になりたい人間のくせに、文字で説明が難しいです(゜ー゜;Aアセアセ

心で感じて欲しいことなので、文字にできない。

体感ならぬ、心感?

 

さて、

お料理クラスの話題は、今日のブログタイトルと話がそれる感じ??ですねw

 

Today'sタイトル:あなたの死を慈しみます!

 

( ̄■ ̄;)!?え。。。

 

死って。。。( ̄□||||!!

なんか・・・

ずずーんと重い感じだけど。。。┗(-_-;)┛オ・・オモイ… 

 

それに、、、

死を慈しむってどういうこと?!

(゜Д゜) ハア??

 

慈しむ・・・子を慈しむ、目下の人を慈しむ、、、というように、可愛がるという意味で使われます。

なのに、死を慈しむ???

 

( ̄д ̄) エー

どういう意味?

 

説明しますね^^

 

このお話をする前に、まずは、昨日のクラスメイトさんとの会話からお話しましょう。

 

昨日は、マンツーマンレッスンということで、女子デートのようなheart

昨日のクラスメイトさんは、ハワイを通して、ごく最近知り合った同世代のSちゃん。

彼女のお嬢様の出身校が私の母校だったり、共通点は多々ありますが、お互いのことは深く知りません。

それなので、二人でアレコレお喋りしながらレッスンだったのです。

 

「ねぇ、明美ちゃんてお料理習っていたの?」>>>「いや。。。習ったことなくて、独学よ(゜ー゜;Aアセアセ」

 

「へぇ・・・じゃあ、お料理が得意だったのね」>>>「いや。。。亡くなった夫は食べ物の好き嫌い多かったのであまり。。。」

 

「亡くなったご主人はご病気で。。。?」>>>「。。。(無言)」

 

そうなのです。

よく聞かれるのは、夫の亡くなった原因。

 

皆、悪気なく私に聞くのですが、今まであまり触れたくない話題でした。

 

でも、私はその封印を解くことにしました。

なぜならば、彼の死は、私にとってとても大切なことだったからです。

人が亡くなった、ということが大切なのではなく、

夫が私から去った、という事実を真摯に受け止めることが大切なことだったのです。

 

先日、不意に、夫の写真に向かって叫んだのです。

「あなたの死を慈しみます!」と。

 

なぜなのか、そう叫びました。

笑顔で。

 

でも、本当にそう思います。

夫が亡くなったことで、私は大きなものを得たので。

失ったものは大きくても、得たものがある。

失ったことに落ち込んでいる場合ではないのです。

ネガティブに考えず、失ったことを糧にして、違うエネルギーに換えることで、亡くなった方の供養になるのなら、、、、と思えます。

 

 

さて、

クラスメイトのSちゃんに、夫の死因を聞かれ、私はこう答えました。

 

「今週発売の女性週刊誌にそのことを話したよ」

 

(  ゜ ▽ ゜ ;)エッ!!

 

女性週刊誌・・・?

 

はい、そうなんです(^^;;

タイミングだったのでしょうかねぇ。

今週発売の女性週刊誌に、取材された私が掲載されます。

夫を亡くした後、活躍している女性へのインタビュー記事。

 

活躍はしていないけど、、、(^^;;

 

でも、これからするからwww

 

夫を亡くしてから気づいたことを話しました。

1ページでは書ききれないくらい喋りましたが、ライターの方が上手にまとめてくださいました。

 

よかったら読んでくださいね。

まだ発売されていないので、掲載確定されたら週刊誌をお知らせします!

発行部数は、女性週刊誌でナンバー1!

ドキドキwww

 

今回の掲載は、序曲のようなもの。

話し始めたら止まらないくらい、シェアしたいことはたくさん。

 

私は十分に反省しました。

だから、今回、取材を受けたのです。

 

反省して、そして、次に向かっている自分なので、、、

だから、話しました。

 

家族に対する気遣いがあって、公の場では話せなかったのですが、

夫の死を慈しめる自分になれたので、シェアしようと決めたのです。

 

さあ、今回の記事は「序」となります。

長くなると、読者の皆様が大切なところを読み逃すかもしれませんので(^^;;

 

次に続きます^^

 

See you soonheart

 

なぜだか、私の写真で〆ますwww

私のインナーセルフの命令なので、あしからずw

メッセンジャー@カウアイ島の写真ですね。

 

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メッセンジャーAkeming。

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※ハワイ諸島カウアイ島のバリハイにかかる三日月  Photo by Akeming

 

昨日は、休日返上で慌てて父が入院した病院に駆けつけた私。

 

むか~し、セブンイレブンのCMで

「開いててよかった!」っていう台詞があったけれど、

私も昨日は「空いててよかった!」でした。

 

お料理クラスを入れずにぽっかり空いた休日。

予定を入れようとしても、すべてキャンセルで。

「そうか、疲れているから休め、ということなのね」

そう勝手に決め付けて、休息日に充てていたんです。

だから、「空いててよかった!」

父に会えてよかった。

 

ここでお礼申し上げますm(_ _)m

皆様、緊急入院した父へのエールをありがとうございました。

 

さて、しょっぱなの写真。

なぜ、三日月なのかといいますと。

月からのメッセージを頂いたからなのです。

 

昨夜、病院から帰京する際に乗ったバスから見えた月。

都会の灯りの中ではなく、真っ暗な平野を走っていたので、とても鮮明に見えたんです。

ところが、鮮明に見えるはずの三日月が二重に見えて。

目を何度もこすってガン見したのだけど、どうしても二重に見える。

 

これは、ただの疲れ目なのです。

乱視がちなのでしょう。

 

でも、二重に見えたことによって、何かメッセージがあるのだな~と思いました。

ただ「ああ、疲れているんだな~」で終わったらフツーなのです。

何かある・・・

何かある・・・

考えを巡らせました。

キーワードは「月」

 

そこで、一本の線で繋がったのが「ムーンリバー」

オードリーヘップバーンが「ティファニーで朝食を」で歌ったあの歌です。

 

話はさかのぼります。

母が天国へ旅立ったあの時・・・

17年前。

 

私は母が亡くなる瞬間を目の当たりにして、心に深い傷を負いました。

母が亡くなったことは、私の最も哀しかったことですが、人が亡くなる過程をこの目で見たのがショックだったのです。

傷は深く、その傷は、私のすべての器官を敏感にしました。

 

息子は中学受験のために、夜遅くまで勉強していた時代。

姫もまだ小1でママがいないと可哀想な時。

 

でも、私は大きな傷を負ったため、日常生活から逃れたい気持ちで一杯でした。

そうして、母の葬儀や葬儀後の様々な処理などを理由に、東京に戻らず。。。

受験で大切な時期の息子や、ぬいぐるみを抱いて寝ているような小さな姫や夫を放って、二週間近くも、父、姉、札幌から駆けつけた伯母と過ごしていました。

母が亡くなって最大の哀しみの中・・・

伯母と姉と家事をこなし、父を支えて。

不思議なことに、実家で過ごす時間が私の癒しとなっていました。

 

「伯母ちゃん、今日はお夕飯どうする?」

「そうだねぇ、お父さんは鰹が好きだから、鰹のお刺身を買ってこようか」

こんな会話が癒しだったんです。

「おばちゃんの混ぜご飯は美味しいんだからね。明美ちゃんたちに作ってあげるよ」

本当に伯母の混ぜご飯は美味しかった。

私が時々友人にふるまう混ぜご飯は、伯母の直伝です。

 

まあ、そんな日々を送っていたわけなのですが、

夜の7時になると家に流れる曲。

これは、当時、自宅に配線されていた有線放送から流れる音楽でした。

「7時ですよ。家族団らんのお夕飯の時間ですよ」ってことなのかな。

 

その曲が「ムーンリバー」

 

姉と私は、この曲はトラウマとなりました。

この曲が流れると、切なくて心の置き場がなくなるくらい狂おしい気持ちになってしまう・・・

 

あの日々は言葉で表せない時間だったから。

家で葬儀をしたので、母の魂が抜けたからだが置かれていた家で過ごした時間。

母が亡くなった、ということだけでなく、胸を切り裂かれるような苦しみを、皆でかばい合った過去。

これが、私たちの五感に染み付いていて、ムーンリバーは切ない歌となってしまった。

 

 

話は戻ります。

 

昨日、父と病室で雑談していた時、

「えーーー!!」という出来事が起こりました。

私が敏感な人間だから、「えーーー!!」なのですが、

もしも、敏感でなければ、「あ、そうね、いいね!」で終わったことでしょう。

 

私は、その出来事は、どなたからかのメッセージと受け取りました。

メッセージ・・・

誰からかは

I am not sure...

目に見えない存在なので、誰、とは言えません。

 

素晴らしいメッセージでした。

それを受け取った途端、するするとアドバイスが現れて。

アドバイスと受け取れたので、遂行するしかありません。

 

 

参拝にしょっちゅう行っていると、自分の思考はこうも変われるものなのか!

感動の渦に私はいました。

 

そうして、病院の面会時間は終わり、私はバス停に向かいました。

真っ暗な道を歩いていると・・・

街中に流れ始めた曲が。

 

それは、あのトラウマの歌、ムーンリバーだったのです。

 

17年経っても、町は変わっていなくて。

「7時ですよ。お夕飯(家族団欒)の時間ですよ」って。

 

私は思わず

「お母さんっ!!!!!!」と叫びました。

母が側に来ているような気がしたんです。

 

お母さん・・・

お母さん・・・

 

そうつぶやきながら涙をこぼしました。

 

そうして口ずさみました。

歌詞はわからないので、メロディを。

 

そう。

もうこの歌はトラウマではなくなっていたんです。

いつの間にか。

 

私は強くなっていたんですね~

 

改めて、ムーンリバーの歌詞を調べてみました。

これは、私へのメッセージなのだなーと感慨深かったです。

 

男女の恋愛の歌と思いきや、とても深い歌詞でした。

 

ムーンリバーを渡りきりたい!

そんな勇気を与えられるような歌でした。

 

ムーンリバーを渡るにあたって必要なこと。

それは、何があってもあきらめない気持ち、強さ、信念。

虹の始まりを探し求め、夢を追い続けられる子供のような気持ち。

歌詞にハックルベリーフレンドと出てくるのは、子供のような心を表したのかな、と思います。

そして、虹は天界と人間界を繋ぐ橋とも言われます。

私は、そこを繋ぐ役目をしたい・・・

 

まさに、私が求めていることでした。

 

人になんと言われようと、私は私のムーンリバーを渡ろう!

夢を追い続け・・・

 

心を研ぎ澄ませて、

子供の時のピュアな自分を忘れずに、

大人になると「そんなわけないじゃん」と言うようなことも、子供の気持ちのままで受け取り、

 

私は私のムーンリバーを渡ろう!

 

Akeming。

 

波のおと

嵐のおとも

しずまりて

日かげのどけき

大海の原

 

今までの苦しみ煩いも、いつか消え心楽しい時が遠からず来ます。

唯、御助を祈って心平かに授けられた自己の職務を熱心につくしなさい。

~私がひいたおみくじから~

 

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私の職務・・・

私の職務は、発信者となって、たくさんの人に私の思いを伝えること。

今は、お料理を通してメッセージを伝えることかな、と思う。

ただ、言葉で伝えただけでは、心の奥まで届かないから。

だから、お料理というツールを使ってミッションを果たすのです。

 

心から自分の職務を熱心に尽くしたいと思っています。

そして、ただ、ただ、祈りたい。

 

さて、話は急に変わります。

 

今日、楽しく笑っていたかと思ったら、急に泣き出してしまった私。

周りにいたお友達は驚いていた。

そうだよね、

楽しい席で急に泣き出すなんて、ビックリしちゃうよね。

 

 

話すと長くなります。

 

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今日は、お友達のちらちゃんのお誕生会。

今年に入ってから、幸せな馬車馬Akemingは、平日も土日もお休みなく働くと決めたのだけど、ちらちゃんのお誕生会は仕事を休むと決めてました。

彼女は、去年の私のお誕生会を企画してくれたから。

私はね、

言ったの。

「もう私のお誕生会はやらないよ」と。

でも、「だめだよ、明美さんのお誕生会はやらなきゃ!」って。

ちらちゃんが企画してくれたのです。

 

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手配など、面倒だからワルイな~と思ったのが一番の理由だったのだけど、

やっぱり、祝っていただけてうれしかったlovely

ちらちゃんは、一人で最後まで私に付き合ってくれて、記憶飛び飛びの状態で〆のラーメンまでお付き合いしてくれて(笑)

一体何時間飲んでいたんだろうって感じw

 

だから、ちらちゃんのお誕生会は私が手配しようって決めていたの。

今週末はお料理クラスを入れずに、ちらちゃんのお誕生会を企画。

 

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楽しそうでしょう。

こんな楽しい席にいたというのに・・・

わーっと泣いてしまった私。

 

 

みんな、ごめんなさい><

お誕生日のちらちゃん、お祝いの席で、本当にごめんなさい><

 

笑いの渦の中、届いた一通のメールが原因だった。

父が体調を崩して入院したお知らせでした。

 

何も泣くことないのに><

それを読んだ瞬間、目の前が真っ白になって、そして、皆の前で顔を覆って泣いてしまった。

 

「なぜ我慢できなかったのか?」って言われても「なぜ」の部分を適切に説明できない・・・

「泣いてはいけない」って思う以前に、もう首から上は涙で洪水状態だったから。

心のどこかで大きくつっかえるものがあって、そこをつつかれて堰を切ったように涙がこぼれたのかと思う。

 

実は、お誕生会の前に、参拝に行ったのです。

「参拝に行きたい!」って急に思い立って、ジュリアちゃんを誘って、お気に入りのお社に。

 

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ここは、前の住まいの氏神様。

夏に行った時は、改修工事中だったけれど、見違えるように出来上がっていて、感動。

通い慣れた神社。

今は、ここから離れた地に住まい、別の氏神様に通っている私だけど、

やっぱり、ここは大好きだから、いつもに増して親しみを込めて祈る。

 

ところが、今日はめずらしく、心に不安のような、不安定なものが不意に現れました。

それが何なのかわからなかったので・・・

とにかく、家族や兄弟の名前を挙げて、彼らが幸せに正しく生きられるよう、お祈りしたのです。

 

そうして、ひいたおみくじ。

それが、最初に載せた文面。

 

波のおと

嵐のおとも

しずまりて

日かげのどけき

大海の原

 

「熱心に職務に尽くして、ただ祈ることで、苦しみも煩いも消える・・・」

ああ、今、まさに自分がやっていることだな~って確信できたのね。

ミッション果たすために喜んで休日返上してるし、祈ることも当たり前。

じゃあ、いつか楽しいだけの日々がやってくるんだな~って意気揚々と神社を去ったの。

 

そうして、父の入院の知らせ。

これは、意味があると考えないといけないと思うのです。

ジュリアちゃんもそう言っていたし。

私は、今、自己の職務を熱心に尽くして、祈ることもしているわけなのだから、

そうしていることで、明るい未来が遠からずやってくるということは、

今抱えている何かをクリアしなさいってことなのかと思えるのです。

 

私の心の奥にある珠。

磨かないと。

そして、強く清く穏やかでやさしくあれ、明美。

 

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お誕生会の二次会、残念ながら行けず。

不安な気持ちを抱えて、パーティー会場を出て帰宅。

 

さっそく実家に電話したら、幸い、父は元気で検査待ちという報告でした。

ほっとしたけれど、父が孤独に病棟のベッドで横になっているかと思うといてもたってもいられず、病院に電話して伝言をお願いしました。

 

「明日お見舞いに行くから待っていてね。明美」

 

父と二人で過ごした年末年始を思い出した。

「手が込んでるな~」と笑顔で私の作った食事を食べてくれたこと。

一緒にお買い物に行ったこと。

ワインコーナーで足を止めて

「白ならシャブリ、赤ならボルドー」と言っていた父。

アルコールNGなので、ちょっと切なかった。

 

明日の私の休日。

予定を入れようと思っても、すべて流れた。

空いていてよかった(;o;)

 

明日は、私が掲載された雑誌持参で。

夫を亡くして、お金失って、子供と離れて小さなアパートに一人暮らししている娘を、父が不憫に思っていたら困るからw

「今、私は幸せな馬車馬なんだよ」ってことを伝えなきゃ。

 

私が幸せならば、父もうれしいと思う。

私の幸せは、強く清く穏やかでやさしい心を持つこと。

それさえあれば、どうにでもなる。

新しい靴が買えなくても、

大きなバスタブのある家に住めなくても、

大好きなハワイに行けなくても、

強く清く穏やかでやさしくあれ。

 

それを忘れないために、私は、自分の理想の生き方を常に心に留めておかねば。

 

目上の人を敬い

目下の人をを慈しみ

色をつつしみ

身を正しく・・・

 

私は、そういう生き方をしたいのです。

 

Akeming。


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